新間草海の!!自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

嫁様が新しく勤め始めた。
私立の保育所である。

そのため今は、毎晩のように、彼女の職場の話を聞かされている。
向こうは、新鮮な人間関係の中で、あれやこれやと面白いことがあるので、話したくてたまらないのであろう。「でね、そのときA先生がどうにかフォローに入ったから良かったんだけど、でもねぇ・・・」



ところが、わたしが相槌を打たないと、怒るのであります。
「ね!ね?・・・ねえ聞いてる?」

わたしはここで、夫婦間がうまくゆく方法を編み出した。
今日は、多くの夫婦の間柄を保つための、とっておきの方法を紹介したい。

それは、簡単なことではあるが、

「ちゃんと聞いたふりをしろ」

という、至極まっとうな、当り前のことである。

嫁様の話は飛躍が大きい。
あちらこちらに飛ぶ。
また、科学的ではないし、少々、論理的ではないところもある。
したがって、まともに神経を使って聞けば、

「え?ちょっと待って。さっきはこう言ってたけど、なんでなの」

とか、

「え?どうして、そんなに早く・・・?ええと、さっきの事件からそれって、どのくらい時間が経っているの?」

などと、訊き返さなければならないことがたくさん出てくる。

ところが、嫁様はそんな質問にはさらさら答える気はないし、
なんでわたしがそんな微細な部分にこだわっているのかなど、到底理解できないのだ。

したがいまして、もっとも両者にとって負担が少なく、
両者が笑顔になって、明日に向かっての英気を養えるようになるためには、
この方法しかないのであります。

まず、あいづち。
つぎに、あいづち。
そして、変化のあるオウム返し。
最後に、あいづち。

内容は聞いていなくても、である。


世の旦那サマたちに釘をさすが、もちろん、これは、こちらがへとへとに疲れている場合に限る。
話を聞けるのであれば、聞いてもらいたい。
当たり前である。

ところが、あいづちをうつのさえ、呼吸が乱れて難しいくらい、
会社で疲労している場合もあるのだから、そういうときは、こくん、とうなづくのがいい。

そして、「聞いているふりをする」のである。

「嫁の話は、きいたふりでしのげ」

さて、先日もこうやってしのいでいたが、
嫁様の話が、「子どもの悪口を言う先生」ということになったので、
わたしはひさしぶりにきちんとそれを聞き、ちょっとばかり意見も言った。

このつづきは、次回。


osyaberi2
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