困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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蛸は西洋ではこんなにも悪魔的に恐怖の対象として扱われているのに、日本人が蛸のことをずいぶん大目に見ているのは、なぜなんだろうか。

学校に来ているALTの先生に、オクトパス、と聞くと、最初通じなかった。
イラストを描くと、Oh!と恐怖の表情を浮かべて、アイムソーリー、と懇願し、
「わたしはそのあなたがえがくところのその絵画については恐怖の念を覚えてしまうのである」
ということを言った(たぶん)。

そこでわたしが不思議そうに、

「あなたはなんでそうおもうのであるのだろうか。わたしはその蛸と呼ばれる生物については、いっそのことその身体を食してしまおうかと思うほどだに愛しているところなのである」

ということを言うと、彼女は明らかに

ウエェッ

という表情を見せて、欧米人がよくやる、あの例のポーズをしてみせた。

Oh my GOD !

肩をすくめて、両方の手のひらを上に向けた。

「知らんがな」と、ついそのポーズをみると声を出して説明したくなる、あのポーズである。

OhmyGod


なぜ蛸があかんのか!



私は全日本人を勝手に代表し、欧米人諸国のみなさんに、これを正したいと思う。

蛸は(ある意味で)相当にかわいいではないか!







5年生の社会科で、もうすぐ、タコのことを学ぶ。

いや、もとい、水産業を学ぶ。

幸先の良いことに、子どもたちはみんな、たこが大好き、である。

しかし、好きすぎるのも、困るときがある。

それは、水族館での見学姿勢に関わってくる。

あまり好きだと、食いたくなる。それは、場所が水族館だと、ちょっと問題になる。


授業が始まったら、きっとわたしは、日本人が水族館で抱く感情のうちもっとも多い感情のひとつ、

「美味そう」

という感情について、子どもたちに説明することであろう。

えー、いいですか、みなさん。
日本人は、水族館に行くと、必ずアジが群れをなして泳ぐところを見ます。
そして、えらのところをよく見て、こつっと当たる背骨に沿って、切れ味の良い包丁をさしこんで、料理する手順を復習します。頭の中で。

寿司ネタが群れを成して泳ぐ水槽を見て、
「この水槽だけで100人の宴会ができそうだな」
と考えてしまうのが日本人ですが、西洋人は必ずしも、寿司ネタが泳いでいるとは思わないそうです。みなさんは、どうですか。

すると小学生はたちまち回転ずしで、自分がまっさきに注文するネタは何か、と議論を始めるにちがいない。

水族館学習の前に、

「すべてが寿司ネタというわけではない」

という、基本的な学習が必要であろう。

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