元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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チンギスハーンの肖像画の上に、落書きをする、という内容の漫画が掲載されたので、朝青龍が激怒した、という話。

わたしは、朝青龍はよく自分の意見が言えてよかったな、と思う。
黙っていたら、『はらふくるるわざなり』で、イライラが募っただろう。

品格がない日本人‼許せない‼謝れ‼謝れ‼謝れ‼(by朝青龍)

そこで、「謝れ!!」と何度も繰り返しつぶやいた、というが、わたしはモンゴルでも、「謝る文化」があるのか、ということが気になった。

謝る、ということを、ことさら大事にするのは、日本人だけかと思っていたが、
モンゴルでも謝ればよし、とするのだろうか。

小学校では、子どものトラブルに謝罪はつきもの。
双方でごめんなさい、と言わせるのが、デフォルトの指導である。
朝青龍も子ども時代に、そうやって指導されてきたのだろうか。

ただ、これからの時代、
何かをされた⇒迷惑だ⇒謝罪要求
という流れは、だんだんと減っていくように思う。
仲が悪くなる、その原因がどうやっても見当たらない。

そこまでいかないと楽しくないし、
逆に言えば、そこまでいけるとも思う。
子どもの方は、割合に速く、そうなり得る。
そういう子たちの前で、「謝って解決」という枠組みから抜けられない大人が、道徳を教えられるわけがない。

道徳を教える、という自分を、徹底的に見直すことからしか、なにも始まらない。

Shazai1
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