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小学校4年生「プラタナスの木」

主人公の少年たちは、あまり人のこないプラタナスのある公園でサッカーを楽しんでいた。ある梅雨明けからおじいさんが来るようになり、木の枝や葉に届く栄養は、同じくらいの根があるからと聞かされて、何かを感じる子供達。夏休み、皆が旅行に出ている間に、台風がやってきた。台風で倒木寸前のプラタナスは危険なので切り株だけ残して切られてしまったが、その後おじいさんも来なくなってしまった、という話。
発問 : おじいさんはプラタナスの木の精霊か、それともふつうの人間か
子どもたちの意見は、ちょうど半分に分かれた。

ふつうの人間だ、という意見を最初にとりあげ、根拠を問う。

・いきなり精霊とは考えにくい。
・公園にやってきた、という描写があるから、どこか近所の家から歩いてやってきたのだ。もし精霊だとしたら、木の下にぼーっと、急に現れるはず。
・子どもたちに向けてくわしい話をするのは、木のことに関する仕事についていたから。世の中には、そういう話のできるおじいさんが、たくさんいるはず。もしかしたら大工だったのかもしれないし。大工さんなら、木にくわしい。精霊というのは発想が飛躍しすぎている。
・教科書にSF小説が登場するわけがない。
・マーちんのふるさとの木のことを、まるで見たことがあるかのように言っていたのは、もしかしたらこのおじいさんは、マーちんのお父さんの知り合いか何かじゃないの。


ここで、わたしはいつもそうはしないのだが、急に思いついて、反射的にそこに加勢する気になった。

ハイ!

と挙手をすると、いつもはわたしがそんなことしないので、子どもがおもしろがって当ててくれた。

「はい、新間さん」

「はい」
わたしはおもむろに返事をすると気を付けの格好になり、
「先生も人間だと思います。なぜなら教科書の挿絵を見ると、ちゃんと足があります。足があるということは、幽霊ではない。だから、精霊でもありません」

エーッ!!

教室の約半分を占める『精霊派』が、悲鳴に近いような声をあげた。
こちらの『人間派』は、「やった、強力な助っ人があらわれた」という雰囲気でにんまり、である。

やっぱ人間だよ、ハリーポッターじゃあないんだから・・・

だれかから、そんなつぶやきが漏れ聞こえ、クスクス笑い声も出た。

今度は精霊派の意見、である。

・おじいさんはこの話の中で、とことん木の話ししかしていない。
・おじいさんは木の下のベンチに座ると、ほとんど動かない。サッカーボールも手で受け止めると、じっとしている。ちょっとは投げ返してもいいのに、根っこが生えたように絶対動かない。ふつうの人間なら多少は、動くはず。そのへんが、あやしいし、精霊っぽい。
・おじいさんは、マーちんが田舎に行くときに木のことを話し、「田舎には木がたくさん生えているだろう。みんなによろしく」と謎めいたことを言うが、「みんなによろしく」の、みんな、というのが、たぶん木のことだと思われるが、ふつうの人間はそんなふうには絶対に言わない。
・なにしろ、木が切られると、もう登場してこない。
・木を大切にしてほしい、ということばかり言う。
・古くて大きな木だから、おじいさんのような姿で現れたのだろう。
・台風が来たときに、おじいさんのえがおがぼんやりとしてきえてしまった。ちょうど、時間的にはプラタナス公園の木がたおれた時間と重なる。


理由が出てくるたびに、精霊派の元気が増してくる。
逆に、人間派から、「ウワー」という声。

・決定打になったのは、マーちんのお父さんの田舎の木のことを知っているかのようなおじいさんの発言と、「みんなによろしく」という、なんとも不思議なセリフの意味を、人間派のだれも説明ができなかったことだ。

「え、でも、おじいさんがお父さんの知り合いだったとかなら、もしかしたらおじいさんがその田舎に行ったことがあるんじゃないの・・・」

力なく訴える女の子に、ピシリ、と反論し、

「もしお父さんの知り合いなら、マーちんのことも知っているはず。しかし、公園での出会いにそんな叙述はないし、マーちんがおじいさんのことを「不思議なおじいさん」なんて思わないはず」

そこで、人間派の何人かが意見をひっこめ、クラスの大半が「精霊派」になってしまった。



授業の最後に、図工の得意なWくんが

「(人間派で)残ったのは、新間先生だけだよ」

というので、

「いやあ、まさか精霊とは・・・」

と悔しがってみせると、にんまりして

「先生もたいしたことないな」

と、Wくん、ケタケタ笑った。

もう二度と、討論に口をはさまないようにしよう。

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