元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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高速道路 前から太いロープで引っ張られるような自動運転状態。

ハンドルを操作しないでも、引っ張られて行く感覚。

人生は案外と、こうして引っ張ってもらっていることの方が多い。

ところが、「自分で運転している」、とみな思っている。

逆さま、だよね。



自分が思う、と思っている。

しかし、何かを思ったあとの感情は、他人のせいにしていることがある。

自分で思う内容は選択できるはず。

なのに、感情は「ひとのせい」にしてる。

矛盾に気づかないまま、人生を過ごしている。



自分のせいでもなく、他人のせいでもない。

だれかのせい、ではない。

あることを思ったら、ある感情が出てくる、ということ。




ごく自然に、そうなっている。

ごく自然と、まるで引っ張られているような雰囲気で。


常に、世界に、引っ張られている。

人は、「連れられていく存在」といえようか。




ふと気づけば、

自分が、自分が、というの、あまり言わないようになると思う。

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