新間草海の!!自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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父が亡くなる前のこと。

家族で病室にいたら、

「昨晩、息がくるしくて、死にそうだったよ」

と、当の本人が言った。

思わず、

「死にそうなときって、どんな感じなの?」

と尋ねると、

「いやあ、お父さんも生まれてはじめてのことで、死ぬってのがどんなのか、よく分からんかった」

という。

「なにか見えた?」
「うーん、なにか見えると思ったけど、そうでもなかった。

まあ、咳こんで苦しかったから、そっちで夢中になってて、なにも分からんかったなあ」


ずいぶん、死ぬ間際の人の会話としては、呑気な会話だな、と今は思う。



父は、「死」とどう向き合ったのか、会話の中にヒントがあった。

生まれて始めたの体験、として、「死」をとらえていたのだ。



悲壮なもの、不運を嘆く感じが、あまりしない。

たとえれば、新鮮な野菜をほおばる前の、雰囲気だろうか。

なにか、珍しいものを食べる前のような、ふだんの父親の顔つきが、ふと思い浮かんでしまう。

「死って、なんだろうか」

そういう態度が、父には、ごくふつうに、あったようだ。



世をはかなむのでもなく、

できなかったことを悔やむのでもなく、

不満があるとか、やりのこしたことがあるとか、

そんな雰囲気が薄いのが不思議なくらいの調子で、こう言った。

「なんせ、お父さんも、初めてのことだからねえ」



小学生のような顔つきで、80歳近くの老人が、ぼそっとつぶやくのは、

むしろ滑稽な感じもあって、思わずそこにいた全員が、頬をほころばせた。



考えてみれば、人間は現在を生きるしかないのがもってうまれた宿命で、

すべての体験が、「生まれて初めて」。



これは初めて。

どんな世界だろう。

自分の中に、どんな変化が起きるだろう。

自分は、どんな感情をもつのだろう。

自分の心は、どう動くのだろう。

自分は、安心に包まれているだろうか。

そのとき、なにをみるのだろうか。




「死」を前に、父は、どんな心でいたろう。

少年のような、

死ぬ前の人特有の、

あの、透きとおった目で、

いっしょうけんめいに、「死」を感じ、みようとしたのだろう。


「科学の目」ですね。


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