元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

.
「わたしは採用試験を受けるべきでしょうか」

という問いが出てくる背景に、なにがあるのかな、と思う。


硬い、職業意識が、隠されてはいないだろうか。
ぜったいに仕事選びに失敗してはならない、という怖れで、
やわらかい感性までもが、ガチガチにこわばってしまっていないか。


人生を、大切にしたい、というもの。
みんな、そういう気持ちがある。
あって当然。


仕事とは何か。
人生とは何か。
職業を選ぶ、とは、どういうことなのか?

そういうこと、よく調べる時間もないから、
とくに若い時は、職業辞典のようなものを見て、
「仕事で、何をするか」ばかり、頭に入れている。

そのうえで、自分で納得し、選択していく力が残っていればいいけど。
仕事の種類を頭に入れただけで、エネルギーを消耗し、へとへとになってる。



ふりかえると、わたしの職業選びの、なんという軽いこと。

小学校で軽く俳優をめざし、
中学校でなんとなく小説家をめざし、
高校生になってようやく、

「自分は落語家になろう」

と決めることができた。

ただし大学生になって急きょ落語家を延期。
そこからはもう、書くのも大儀なほど、転職ばかり。
牛を飼ったり、研究所に勤めたり・・・、教師もいつ辞めるか分かりません。


これは、ネ。

つまり、なにをしようか、自分はなにがしたいかな、と、ずっと考えているっちゅうことだね。

それは、自分しか、自分の心がよく分からないので、自分がみてあげるしかない。



あ、そうか。

「わたしは採用試験を受けるべきでしょうか」 というのを、

あかの他人であるワタクシに質問をするってのは、

たぶん、こんなブログを書いている人に、

ちょっと背中を押してもらいたい、ってことだろうね。


よーし!!

背中を押したろう!!



「あんたは受けるべきやでぇ!!!
根性いれて、しっかり頑張らんかい!!
あんじょう、したらんかーいッ!!!



・・・どうでしょう?こんなもんで?


ouen_man
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット