元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

.
教育現場において、

「褒める」ほど、難しい言葉はないと思う。

おそらく、「ほめる」という言葉の中には、とても多くの事例が含みこまれている。

だから、わたしは、「ほめる」という単語を、使うのに、躊躇してしてしまう。



本音を言うと、ネ。

子どもや大人の関わりのなかで、

「ほめる」が広すぎて、雑すぎて、あまりにもおおざっぱで誤解を招くから、

『言葉』としての寿命を感じるというか、もう、使えない気がしている。


担任の心の状態って、それこそ千差万別、いろんな場合がある。



褒めるのが良い

褒めましょう




と結論を出した気でいるけど、


その、言葉をかけたくなった担任の、心構えや考え、背景は、どうか?


○喜ばせようとしての言葉がけなのか。

○それとも、「喜ばせよう」とはちがう言葉がけなのか。

○教師の「評価」なのか。

○教師の「ねがい」なのか。



いろんな意味で曖昧なのに、

先生どうし、お互いに

「褒めましょう!!」

と言い合っていても、

その内容や質が、フワフワしていて、

本当に実現したい子どもとの関係が、

ちっとも、つかめないまま。




先生たちどうしで、

「なんで褒めるのか、褒めるとは何か」

と、話したこと、ないものなー。




うれしい~
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット

トラックバック