元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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あまりの効果の高さに、わたしは驚愕し、これはいったいどういうことか、と解析にやっきとなった。

もしかすると、これまで大人が子どもを叱っていたのは、

ただ単に。

きちんと教えてなかったからではないか。



これは、もしそうだとすると、あまりにも巨大な人類史上初の大発見になるため、
わたしはその、妄想じみた考えを、たちまちにして脳から追いやることにした。

いやいや。

太古以来、人類は子どもを叱り続けてきた。

地球上のどの文明にも、おそらく子どもを叱る、ということについては、

「それが普通。子どもは大人を困らせるものであり、言うことを聞かない。だから懲らしめて、言うことを聞かせるために、叱るのが人間として当たり前」


という前提をもっていると思われる。


それが、わたしのたった何日かの実験で、くつがえされるはずがない。


わたしは、自分で自分を笑うことにした。

笑いのめすことにした。

そして、

「そんな馬鹿な」

と、大声で何度もくりかえし、だれもいない教室で、独語した。


「叱るはめになるのは、ただ、教えていないからだって?」


わたしは大声で笑い、

「そんな馬鹿な。いくら伝えても、教えても、それでも反抗しやがるんだ。いくら教えたって、言うことをきかないのが、子どもってもんさ」


と、震えながらひとりごちた。

shikaru_man_warau
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