元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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日本昔話には、おむすびころりん、というまことにSFチックな怪異譚がある。

ある爺さまが、偶然におむすびを穴に落としてしまい、追っかけているうちに地中のねずみの館につき、あれやこれやとしているうちに最後には大判小判を手に入れる。
ところが、その話をきいて、
「じゃ、おれも」
と思うのが、隣人の爺さまだ。

しかし、隣の爺さまは、同じようにおむすびを穴に落とし、同じように追っかけて、同じように地中のねずみの館につき、同じようなことをしているのにも関わらず、うまくいかない。

このようなことが、世の中にはまことに多い。
なぜそうなるのか、しばらく考えていればまことに理にかなったことだと分かってくるだろう。
昔から伝わるこの話が、人生の妙味をまことに如実に示していると思わずにいられない。

おむすび


問題

A先生は、授業が始まる時間に子どもたちが席につかないので、いつも時間を守って始めようと子どもたちに話をしていました。すると、だんだんと子どもたちは、自分から時間になると席に着くようになりました。

隣のクラスのB先生が、その話を聞いていました。
B先生は、ようし、おれもそうしてやろう、と思いました。

そして、授業が始まる時間になって子どもたちが席に着かないので、いつも時間を守って始めるべきだと子どもたちに話をしました。しかし、子どもたちはまったく席に着かないどころか、クラスは崩壊してしまいました。




なぜ、そうなるのか。

隣のクラスを見てたからだ、ね。

ずっとゴールを見つづけたのろまな亀がゴールイン(成功)し、となりの亀の姿ばかり見ているうさぎは失敗する、というのが世の習い。

教師は、目の前の、子どもを観なきゃ、ね。

隣のクラスをみて、いいな、なんて、思う。

その、「いいな」が、すでにオカシイ。

何を見て?

何が 「良い」の?

見ているもの、判断しているのは、外見の形だけ?




席につきたいと思う子になり、席につこう、と思う子になれば、解決する。

そうならないのに、

なんで、うちのクラスは、席につかんのだ!

と怒る。


まさに、隣の爺さま、というわけ。

目的から、目をそらすな!
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