困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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1学期の社会の勉強で、なかなかに盛り上がったのはいろいろあるんですが、これもその一つ。

そのときあなたはシリーズ
<弘安の役のあと、あなたならどうする?>


自分が北条時宗だとする。
2度目の元寇のあと、3回目があるかもしれない。
あなたは、どうするだろうか。

鎌倉幕府は元寇が原因で滅びました。
元寇への対応の失敗が引き金となり、幕府のシステムがうまく動かなくなって滅びたことは分かっていますので、いろいろと子どもたちも振り返って、書くことができる。
鎌倉時代、室町時代の学習が終わったところで、この学習を入れてみました。


最初に、ざっと元寇について復習。
新兵器に難渋したことや、上陸を許したものの、武士の激しい抵抗でくいとめたこと。
他にも嵐のことや、元から援軍の来るのが遅れたこと、その後の元の崩壊など、史実を確認します。

自分が時宗なら、こういうことを考える
ということを、なにか一つ、グループごと黒板に記述させ、その理由をできるだけくわしく説明してもらうようにしました。

そのうちの一つが、二度目の元寇、つまり【弘安の役】のあと、元の動向をきちんと探る、ということでありました。

「元が攻めてくるかどうか、できるだけ情報を集めたいと思います」


実は、これは正解である。

日本には古くから倭寇と呼ばれる、海の民がいました。彼らは自由に海を航行し、商売などしていたようです。これらの人々から、高麗や元の軍の整備具合、闘いの準備をしているかどうかなど、情報を集めておりました。南宋の国から僧をよび、国際状況を学んだり。幕府の役人もきちんと仕事をしているわけです。
だから、防塁を築いて、二度目の弘安の役には、効果的に戦えたわけですね。


「二度目の役の後、確実な情報収集を行っていたにちがいない」

これはどの班の子も、きちんとノートに書いていました。


その次は、和平の道を探る、という案。

二度あったことは三度ある。

そのために、フビライはんに、和平を訴える手紙を書いたかもしれない、と。

これは、そもそもがフビライはんからの国書が発端ですからね。
国どうし、おたがいに国書をやりとりしていた、ということが分かっています。

「どうです、これで懲りたでしょう。三度目も、攻めてきたって無駄ですよ。心を入れ替えて、和平の約束をしましょう。こっちだって、攻める気はないのですから。それに、高麗やベトナムは支配下になったとはいえ、反乱も起きているそうですね。反乱を収めるだけでも手一杯でしょう。日本は海もあるし遠すぎますからね。あきらめてくださいね」

というようなことを、メッセージとして国書にしたため、送ると。


なるほどね。


教科書や資料集だけでは分からない、こうやってあれこれと考えさせる授業をぽーんと放り込んでみると、子どもたちの知的活動が進む。


実際の国書をよく見てみると、別にフビライは、最初から攻撃するとは言ってない。

俺たちは戦いたいわけではない。

ということを、きちんと書いている。

それを踏まえて、紳士的に話し合うことをさらに進めるべきだ、という意見もあった。

また、元には形の上で朝貢だと思わせておいて、内実を取ればよい、という意見もあった。

〇実際に高麗とも通交しているフビライが、高麗の国から高麗の人を追い出したわけでもないし。
〇逆に、朝貢すれば利益は莫大だ。新しい物や文化がどんどん入ってくる。
〇もし、高麗とか南宋とかが日本に攻めてくる、ということを考えに入れていたら、むしろ元に貢いで仲良くしてもらい、いざとなったら元に助けてもらえばよい。

いやあ、元寇を考えるとき、「大国(元)に寄り添えば、助けてもらえる」という発想は、なかなか新鮮でありますが・・・。



なんで、こんな意見が出てくるんだろう?

考えてみれば、昔から日本に流れている精神風土がある。

対立する、というより、ふところにあえて飛び込むという、

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」精神が、長く息づいているのかもしれませんな。




考えてみると・・・
仏教もキリスト教も、日本は結局、受け入れましたからね。


(以下、都都逸調で ♪)
お抱え外国教師でも ♪ グラバー・ペリーもカステラも ♪
汽車も洋服、稲作も、はるばる流れ着いてきた、物も思想もとりまぜて、
ぜんぶ受け入れ食べてきた。

鎖国の時代も長崎の、出島でしぼって吟味して、
よいものないかと目を皿に、学問好きがじっくりと
文化をおなかに入れていた。

中国強けりゃ左向き、漢字、宗教、料理まで。
爆買需要があるのなら、看板すべて中国語。
街を飾って旗たてて、ツアーを仕立てるサービスぶり。

原発、博愛主義含め、主義や主張にかかわらず、
アメリカ強けりゃ、右を向き、小麦、薬も粉乳も、
ジャズや沖縄、基地だって、ぜんぶ飲み込む貪欲さ。

とりあえず、ぜーんぶ、食べてみよう!

これが日本人の、「癖」なのかも。


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