困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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歴史の授業は、奈良時代。
ただいま、聖武天皇行基が、大仏をつくったところを学習中。

「どのくらいの大きさ?」

教科書に、おもしろい写真があった。
校庭の地面に、大仏の実際の大きさを描いている。
運動会で使う、ラインカーの石灰で。
奈良の大仏のでかさがよく分かるように!

「いいなあ」
「やってみよう」


ただし、運動場のラインだと、雨が降ったら消えちゃうよ。


よし、だったら教室に貼ろう。
とりあえず、手のひらだ。
新聞紙でつくろう。

目の幅は1.02m、耳は2.54m、口の幅1.33m、手の大きさに至っては2.56mもある。

この授業が、楽しかったみたい。
できあがったら、一番まじめな女の子が、

「先生!校長先生に見せに行きたい!」

校長室へ行くと、校長先生がいっしょに写真を撮ってくださった。

大仏の手実際のもの


満足そうに帰る子どもたち。
教室にもどってきて、教室の壁に貼り付けると、休み時間のかねが鳴った。

「ああー、おもしろかった」


へえ、高学年になっても、やっぱり、面白かった、と言うんだなあ。

大仏づくり

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コメント

 コメント一覧 (2)

    • 2. 新間草海
    • 2019年06月03日 08:20
    • 古墳だってものすごい建設でしたでしょうね。ちょうど、世界遺産の話題が出て、教室でもずいぶん盛り上がりました。巨大なエネルギーがどこから湧いてきたのか、どうしてこういうことが可能になったのか、面白いテーマです。堺市は当時の海岸線に近かったこともあり、北九州から瀬戸内海へ渡ってきた船が、一直線にめざす場所でもありました。「あの古墳をめざせ!」という感じでしょうかね。
    • 1. 吉田道昌
    • 2019年05月31日 09:53
    • 大仏はどうやってつくったんだろう。その材料はどれぐらいの量だったんだろう。必要な脚金はどうして得たんだろう。いったいどれほどの人が工事に従事したんだろう。何年かかったんだろう。このようなテーマで調べていったら、どえらいことを子どもたちは学ぶでしょうね。世界遺産になった百舌古市古墳群の、最大の古墳は、15年はかかっているという説もあり・・・。
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