元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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新学期からは、新しいクラス。
先生たちにとって、【クラス編成】はとても大きな仕事だ。

子どもたちの人間関係や成績、あらゆることを考慮に入れて、クラス分けをする。

ここに、面白い現象がある。

「ひとつのクラスに良い子ばかり集めると、なぜかうまくいかない」

いわゆる、いい子ばかり集めて学級をつくると、どうにもしっくりとしたいいクラスにならないらしい。
ベテランの先生ほど、このことを感じ取っているようだ。

最初はうまくいく気がする。
親切で、善良なクラスになる予感がある。
しかし、途中からなにか歯車がうまくいかなくなり、立て直すことに必死になる。
3学期が終わってみて、なんでもくろみ通りにならなかったのか、といぶかしく思う。

「こういうこと、わりと多いのよね」

ベテランの先生からそんな話を聞いて、不思議に思った。

ふーん・・・。
なんでだろうなぁ。




教師が「良い子」を選ぶようになると、地獄が始まる。

なぜでしょうねえ。
昔は分からんかった。
今は、少し、分かる気がする。




つまり、これはね、考える最初の点から、間違っているのだろうネ。
「いい子」を集めよう、というスタート地点が、地獄の思想なんじゃないかナ。

教師自ら、親切で善良でかしこい人間になりたいと思い、そういう人間が良いのだ、と思い、善良なクラスをめざしてしまう、そのこと自体に、間違いがあるのかも・・・。

実は、人間は、善良であってもよいが、善良でなくてもよいのでしょう。
善良であらんとする人が、善良でない(ということにされた人)を排除しようとしたところから、ボタンのかけちがいが始まる。

ラーメン好きは、ラーメン嫌いをけなしたい。
ラーメン嫌いは、ラーメン好きをけなしたい。
けなしてもいいけど、けなしている間は不幸がつきまとう、ということなんだろう。

そして、人は誰でも「けなし、けなされる」恐怖を欲してもいいのだけれど、その恐怖はいつか終わりの来るものなのだ。「やーめた」と言えば、すぐにでもやめられる。・・・映画と同じ、で。
↑実は、みーんな、このことを知ってる、と。



映画の『暗殺教室』が流行るのも、
遊園地では恐怖のジェットコースターが流行るのも、
世間で人をけなすのが流行るのも、
元はみんな、同じなんだろう。

みんな、後から、
「なーんちゃって」
といって、大安心したいのだ。

きっと、ネ。



写真は、ひよこが煉獄の窯で焼かれる恐怖の映像。

ひよこ焼き

ひよこ焼き2


あんまり、うまく、いかなかったネ・・・。(美味かったけど・・・)
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