元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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「暗殺教室」という映画がある。
ちょっと話題になったらしい。
先日、テレビの録画を、ほんの少しだけ見た。

「暗殺教室」は、高校生が先生を殺す話である。
この先生が、ふつうではない。
黄色いタコ型怪人であって、超能力を持つ。
恐ろしい超人なのだ!
その怪人に向かって、高校生たちは銃を撃ったり、ナイフを振りかざしたりしながら、なんとか殺そうと頑張る。

なんだ、これは・・・。



5分間見た後、わたしは、考え込んでしまった。

なんで、人間と言うのは、恐怖映画が好きなんだろう?
人がなにかを殺す、というような、刺激的なものを、欲しがる。
なぜか?


最初に思いついたのは、
「現実にもどったときの安心感を得たいから」
ではないか、ということ。

つまり・・・。
人はたまに、現実離れしたフィクションのもたらす『恐怖』を味わいたくなる。
映画が終わった瞬間、だれもが
「いや、これはフィクションだ。現実世界ではこんな恐怖は起こりっこないのだ。良かった~」

と安心する。

この、最後に感じる、強い安心感が欲しいのではないか?

考えてみると、世の中で起きていること、現実世界には、恐怖が蔓延している。
交通事故、病気、競争、受験、怪我・・・。
これらの恐怖から逃れて、だれしも安心を得たいと願って生きている。

しかし、小さな安心感は得られても、強い安心感、というものは日常、なかなか得られない。
ひとは、たまーに、強めの安心感が欲しくなる。

そこで!!

あえて、強い恐怖を感じることで、その反動としての安心、つまり

恐怖から解放された瞬間の
「ちょっとコクのある、強めの安心感」
を感じてみたい、という気持ちが働くのではないだろうか。

空
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