元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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自分たちでこんなアンケートを取っていた。
班の学級新聞に載せるためである。

そんなのきいたって、どうせ低学年や中学年のころの授業なんて覚えていないでしょう、と言ったら、

「そんなことないよ」

だって。


理科好きのNくんは、3年生の時の乾電池学習、4年生の時のソーラーカー学習、5年生の時の電磁石など、理科の単元を軒並み並べて、

「ひとつくらい載せてよ」

とみんなにお願いしていた。




さて、今回の話はここから。

話し合っている中、一人の子が、

「先生、こないだのあの授業って、国語なの?道徳なの?教科は何?」

と聞いてきたのでありました。

みんなが興味を持って、

「ああ、あれか!あれって国語でしょう?でもちがうか?」

などと口々に言っている。



子どもたちが話題にしたのは、現6年生の、ある授業のこと。

「あの授業、面白かった?」
「うん。ああいうの、またやりたい」


それは、国語の授業です。
説明文を読んだ後に、それについての批評文を書く勉強。

教科書の「手引き」の中に、

事実と意見を分けて考える

という項目が、あるのです。




思わず、二度見しました。
たしかに教科書の中に、

「事実と意見を分けて考える」

と、厳然と書かれている。

これはすごい、と思わず腕組みをして唸りました。

筆者の意見は、数々の事例や実践例、事実を列挙した後に、
以上のことから、こう考えられるのだ
というふうに解説される。

事実のあとに意見が書かれるから、説得力が増す、というわけ。
単に、考えだけを述べたのではなく、そこにはレッキとした、事実データがありますよ、ってこと。
だから、この話は、『確実』ですよ、『絶対』ですよ・・・、ということだ。



わたしはこれをみて、授業構想を練る。
ひとまず、事実とは何か、をみんなで考えるか、と思った。

・・・

結果として、子どもたちが
6年間でいちばん面白かった!
と断言する授業に展開されて行った。

やはり、子どもの脳はやわらかいし、あきらかなことを見通すのだね、と思いましたナ。
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