困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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いよいよ、日中戦争。
これまでに、いくつかのポイントを理解してきている。
〇不平等条約とは何か
〇列強とは何か
〇植民地とは何か
〇主権とは何か
〇朝鮮の人がなぜ日本に来るように(連れてこられたのを含む)なったか

日清・日露の戦争のあと、日本は専守防衛になったかというとそうではなく、むしろ軍隊を大陸におくり、国民の大多数が苦難の道を選びました。
時代的には資本主義が壊れかけ(世界大恐慌)、いろいろと反省してもよかった時代のようですが、国民は戦争に突き進んでいく。

前時は、以下の発問で1時間討論。

日清・日露戦争は、やって良かったか、悪かったか。

これは発問としては幅が広くて収拾がつかない。もっと良い発問があるかもしれない。
しかし、子どもたちが繰り出す、さまざまな視点が出そろう。多くの見方で考えていくことにつながる。

・不平等条約が改正できたから、良かった。
・国民は戦争のために生活を犠牲にしたから良くなかった。
・植民地がゲットできたらから、良かった。
・朝鮮の人たちの土地を取り上げたことになったから良くなかった。
・資源がゲットできたから、良かった。(満州の鉄鉱石や石炭など)
・土地を手に入れたということになっただけで、一般の国民からは死者が出ただけ。
・ロシアの侵略が食い止められた。
・韓国の土地を手に入れたけど、国民は戦争を続けるために重税を払うことになった。
・戦争のために人やものが浪費されて無駄になった。


賛成側の意見には、不平等条約の改正があっぱれだ、という意見が多く、
マイナス側は、戦争の後遺症が大きすぎた、という反応が多かった。



資源が手に入らない、ということについては、一部の子から、

「買えばいい」

という意見が出て、それが他の国から買うのでは高くて仕方がない、という説明をしたところ、

「節約するか、他のアイデアで乗りきる」

という意見が大半を占め、

資源が高い⇒戦争に勝って植民地を得て、日本国民が安く使えるようにする

というところがどうもスムーズに進まなかった。



まあ、小学校の社会科では、さまざまな角度から戦争をみることで、各自の考えが深まればいいという程度に考えている。

ところで、教科書に以下のような記述があり、授業の最後にここを読んでいくうちに、子どもたちがひっかかりを覚えた。

「・・・戦争や恐慌の結果、生活の苦しくなった庶民の中からは、国際的に強い国となり、中国に勢力を伸ばすことで不景気を乗り越えようという声が出始めました。」

時代の流れでは、こうした日本の多くの世論に押されて『満州国』が建国されていく。

ところが、一人の女子が、次の時間の学習問題を考える場面で、

「生活の苦しくなった庶民が、強い国になることで苦難を乗り越えていこうとした、というふうに書いてあるけど、どういう意味か調べたい」

と言ったのです。

つまり、ふつうは

生活が苦しい ⇒ 戦争なんて無駄なことをやめる


という発想になるのではないか、と。

しかし、この時代の人たちは、

生活が苦しい ⇒ 戦争して支配地を拡げよう


という発想だった。

そこをどうしてなのか、知りたい、というのである。



なるほど、そうやってみれば、この一文がなんとも納得しがたい感じがしてくる。
その後、他の子からも、同じような気持ち、意見がたくさん出た。

支配地を拡げれば、石炭が安く手に入る、というふうには、子どもたちは納得していない。
それだけ(資源問題だけ)で、戦争はしないだろう、というのである。

難しくなってきた。


次は、
アメリカと戦争をするのは得策か
という学習問題をしようと予定していたけど、まだそこまでいかないかもしれない。
(つづく)


写真は、地元愛知、岡崎市内の左義長(さぎちょう・どんど焼き)。
だるま4
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