困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

わが子が進級すると、親としてはいろいろと聞きたくなるものです。どんなクラス?先生はどんな人?友達はできた?

興味や関心を親が示してくれるので、子どもとしては、そういう会話は楽しいようですね。
きっと、次の日も学校から帰宅すると、さっそく報告してくれることでしょう!

おうちの方としては、この報告を、親が今やっていることの手をとめて、うなずきながら、笑いながら聞けたら最高ですよね。子どもはうれしくてならないと思います。
学校からの帰り道、子どもは「今日はこのことをお母さんに言おう」と、なんとなく思い浮かべるようになるかもしれません。

先生がほめてくれたことを子どもが言うことがありますネ。
「今日、わたしが帰りに窓を閉めたら、ありがとうって言ってくれたよ」「先生が、そうじが上手だねって言ってくれたよ」
大いに共感して聞いてあげますが、これはほんの序の口です。

一番、興味を持つのは、子どもが他の子の良さを口にしたときです。
「うちのクラスのTくんは、ぞうきんの絞り方がすごいんだよ。パワーがすごいから、かたーく絞れるんだよ」

「あ、そう」というだけで終わらせず、「今の話、もっと教えて」と、くわしく話してもらいます。
そして、
「みんな誰でも、自分がすごいっていうことを言いたがる人が多いけど、今の話は、友達がすごいっていう話だったよね。Tくんも、きっと嬉しいと思うし、そう思ってくれるあなたのことを好きになってくれるよね」


つまり、子どもがクラスの子と、気持ちの上でつながっていけるように考えるのです。親は、子どもの話をききながら、『人生の何に価値があるのか』を教えています。教えている自覚があるかないかは関係なく実際は教えている。子どもは親の関心そのものから学ぶのです。

常に、子どもが友だちとの関わりを深めていけるように、親友ができますように、と関わるようにしていくと、中学に入る頃、その恩恵が10倍になって戻ってきます。
小学校の6年間で、友達ができるようにと配慮してきた経験がすべて生きてくるので、思春期にある悩みや不安も、きっと仲の良い友達と本人とが励まし合って、勇気をもって解決していきます。
小学校で少々のトラブルがあっても大丈夫。それはすべて「必要な学習」です。

友達のよさを感じ取れる子に育っていれば、1週間のうちの1日がケンカで終わっても、結局は仲直りして、かえって絆を深めることになるのです。小学校で練習していれば、中学高校という難しい時期が、難しくなくなります。必要な学習を、事前にやっている、と考えたらよいのです。

そういう意味で、子どもは周囲の大人から学び続けています。
人間はいいものだ、と心の底で感じている親であるかどうかは大きなことなのです。

「嫌われるかもしれない」と恐れるのではなく、「より良くつながれるかもしれない」と思えるかどうか。人に対しての親の意識のあり様を自問することです。

子どもが、友達への誕生日プレゼントをつくっている現場を見たら、最高のものを見た、というような感動があるでしょう。誰かが喜んだり、助かったり、誰かの役に立つから自ら進んで動いた、という場面こそ、価値を見出しておきたいものです。大切なのは、そうやって動いたときにたとえ失敗しても責めないこと。

給食当番でなにかを運んでいるとき、クラスの仲間のためにしていることなのに、こぼしてしまうことがありますね。それを責められたらどうでしょう。「あら残念!こぼしちゃったね。片づけよう」だけでいいのです。「こぼしたけど、きれいに拭けたねえ」で笑顔になれますね。

(親向けのおたよりに載せたもの)

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