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宇宙人が好きだ、という子がいる。

自分で考えた宇宙人キャラクターを、いろんなものに登場させている。
社会のノートには、その宇宙人くんが

「ここは大事なところだぞ」

とか言ってる姿が描いてある。

お母さんは、それがお気に召さないみたいで、

「6年生になっても宇宙人だとかって、ヘンですよね」

と、自分の息子なのに、ヘンだ、ということにしたがる。




世の中には、お墓が好きだ、という人もいる。
「河童の三平」「鬼太郎」「ゲゲゲの女房」で有名な、水木しげるさんだ。

水木さんは、よく自転車でふらりとお墓に立ち寄るが、お墓に自転車で入っていくと、

「おお!よくきたね!!」

という、歓迎の雰囲気がして、とても喜ばしいような、笑顔で笑いかけてくるような、不思議な感覚が、押し寄せてきて、たちまち水木さんをもてなすそうだ。




しかし、通常、宇宙人だとか、お墓だとかって、否定されていますよね・・・。

そんなものを、日常的に、口に出すだけで、ちょっとおかしな人、というふうに思われてしまう。

「・・・6年生にもなって宇宙人だとか・・・ったく、うちの子はバカですかね?」

と、自嘲気味に言うお母様に、わたしは何を言えばよいのだろうか。






お母様には、

宇宙人が気持ち悪く、怪しげで、低俗で、悪い趣味のようなものに見えるらしい。

「宇宙人やお墓なんて、低俗で悪い趣味だ」

と見える目の持ち主は、防御、守りの姿勢で生きている、ということだろうと思う。

子どもは、宇宙人が好き。

「宇宙人ってかわいいし、面白い。すてき」

こういう子は、そのような世界に住んでいる、ということだろうと思う。



どっちのレベルに住んでもいいけど、楽しそうなのは、子どもの方だ。


お母さんが、宇宙人を拒否することに、やれやれ、と思いながらも、

そんなお母さんの狭量を、心静かに受け入れているのは、子どもです。

精神的には、逆転しているのですが、気が付いているのは子どもの方で、お母さんの方は、それにまったく気づいていません。

そして、今日もまた、ダメ出しばかりしているのです。

お母さんの目には、宇宙人と言う低俗なものが、自身のハイセンスで平和な日常を、脅かす存在に見えるのでしょう。恐れているのは、お母さんであって、子どもではありません。

さらに、相手を変えようとし、非難し、ののしっているのは、お母さんであって、子どもではありません。



お母さんと子どもと比べると、明らかに、不幸なのはお母さんです。

子どもは、宇宙人の魅力に気づき、受容し、受け入れ、楽に調和して生きています。宇宙人に対しても誰に対しても、相手を非難したり、困ったり、攻撃したり、なじったりすることがないのが子どもです。幸福なのは、子どもです。



さあ、お母さんと子どもと、どちらが「変わるべき」なのでしょうか?

正解は、どちらも変わる必要はありません。

ただし、明らかに、困っているのはお母さんで、子どもは困っていません。

この話の結論は、

救われるべきなのは、母親だ


という、壮大なパラドックスなのでした。

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