元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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牛乳を残している子に対して、わたしはとくに何も指導しない。

これは、

「牛乳を飲みなさい!」

と強く指導することが、保護者にとって体罰と受け止められる事例がある、という市教委からの指導による。

ま、それ以前に、子どもだって体調があろうし、好き嫌いがあっても当然だ。

なんでも食べられる子は、幸せだろう。そのことの価値は子どもたちと話し合うのがいいと思う。とくに、「自分は〇〇が嫌い」ということについて、きちんと大事にして、ゆっくりとじっくりと、それをしらべていくのが、なんといっても楽しい!のだから。



形だけ、

「のみなさい!」
「ハイ!」(ごくごく)


という状況をつくるのなんて、まったく意味のないこと。

とある現象をつくりあげることの意味は薄っぺら。
自分にとってどうか、どう考えるか、考える力を養う、ということが主眼なので・・・。



毎回、牛乳を半分残している子が、1学期、2学期の頃までずいぶん気にされ、責められていたが、この頃はもうさすがに周りから責められるようなこともなく、人はそれぞれの体調もあるよね、都合もあるよね、というやわらかめの理解になってきたことがあって、その子が日記にそのことを書いてきた。

「このごろは牛乳のことではなにも言われません」

4年生の頃、先生からも、クラスの子からも、みんなから責められてた、という。
それがトラウマだったが、このところ、なにも言われないから、よかった、と。

これは牛乳のことだけでなく、クラス全体のさまざまなことに、すべて共通して発生すること。
女子の表情がやわらかくなり、男子もこそこそすることがなくなり・・・。
友達の失敗をあげつらうこと、指摘すること、正しいかどうかに執着すること、友達の視線を気にすること。
すべて、氷解する。
あるとき、一気になくなる。
え、なんで?と、拍子抜け、するくらい、に・・・。


これは、なぜか。


つまり、「仲良くなった」ということネ。


人は、

「責められない」


ということが分かると、まわりを「責めなくなる」・・・みたい・・・。

これが人間の姿だろうと思うよ。
P1040139

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