困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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なにげなく、ボーッとしてテレビ見てたら、
NHKで、メキシコのピラミッドの特集をしていた。

南米メキシコのやつは、面白い。
なんだかちょっと、石の階段が目立つ感じ。
最近、メキシコ・ピラミッドの地下に、「冥界」を表す地下室がみつかり、話題をさらっているそうだ。
形も大きさも、北アフリカ、エジプトのものとはちがっているね。


ところで、なにに興味を惹かれたかと言うと、このピラミッドのできた経緯が面白い。

これまで、古代学者は、文明の起こりは、こうだった、と思っていた。

1) 人々が豊かな土地に定住。
2) 人数が増えて、権力者が登場。
3) 権力者がますます強大な力を持つようになり、その権威を示すために奴隷を働かせてピラミッドを制作。


↑ 大体、みんなこう思っていたでしょう?

ところが、メキシコのものを調べていくうちに、どうやらそうではなかったらしいことが分かってきた。

1) もともと人々には、自然現象(雨季乾季など)を知りたい欲求がある。
2) どこかの土地に、知恵ものがいて、そいつが
   「よし、雨季乾季の目印に、日の出の方角を示す高い建物つくろっと」
3) それが村で評判になる
4) その建物が、正確に雨季乾季の境を示すことから、一躍有名になる。
5) 遠い所からも、その情報を知りたくて、ひとが集まり、定住し始める。
6) 田舎だったのに、ひとが移住してきて、移住組が増え、にぎやかになる。
7) よし、この建物を、もっと豪華にしよう、作り直そう、という感じで、みんなで工事する。
8) ますます評判をよび、そこが都市になる。
9) 王はいたかどうか、定かでない。(明確な証拠がない)




面白いのは、このピラミッドの地下室にあった壁画。

そこに、どう考えても、調べても、「王様」がいない。

エジプトには王様の痕跡や、それを示す「神話」、絵まで残されている。

ところが、メキシコには、「権力者」の姿がない。

どうやら、日本の縄文時代と同じで、明確な「権力者」のいない時代が長く続いていたらしい。

(縄文時代は、今の文明よりももっと長かったので、人類の歴史からすると、「権力者」のいる時代、の方が、めずらしいんですがね。この縄文時代のことは6年生でしっかり習う。)



そんなバカな!!!
統治する立場の者が、いないなんて!!!




ところが、それをふと、自分の学級に当てはめると、

「なんだ、べつに統治する人がいなくても、担任の先生がいれば、権力者はいないでも、まわっていくな」


と思うわけだ。


担任の先生のやることは、どこの国のどの学級担任もそうだと思うけど、
横暴な生徒、いじめ、特権的な態度、偉そうな態度、人を見下す態度、責める態度、をいさめること
であり、
みんないっしょ。同格。ここにいるのは、みんな同じ5年生だよね。
ということを、いつもいつも、万人に示すことであります。

この担任の先生のことを<統治者>と仮に呼ぶんだとしたら、その意味での<統治者>は、存在し得たのかもなあ。そもそも、メキシコのピラミッド時代、社会は統治するもの、だったんだろうか。
今の世は、「人は権力のもと、統治したりされたりするもの」という考えでいるし、そう考えるのが当たり前、という具合になっているけど、もしかしたら、当時は、そうではない社会だったのかもしれない。

エジプトの場合は、どんな<統治>をしていたんだろう。
古代文明学も、どんどんと新しい発見が相次いでいて、どうやらこれまでのエジプト・ピラミッド奴隷制も覆りそうらしいし、王様、という言葉から我々が長く学習してきたイメージも、古いものだ。もしかしたら、実際の「王様」は、今の現代人が考える「王様」イメージとは、まったく違っていたのかもしれない。
われわれが学校などで今、学習してきた「王様」像というのは、強大な権力をほしいままにして、人々の上に君臨し、横暴な法律で人を縛るイメージだけど、それはまあ、どちらかというと、10世紀以後くらいからの、「中世・近代」の王政についての学習イメージが強いからなのかもしれないね。
しかたない、そうやって習って、くりかえし、何度も学習してきたんだもの・・・。


要するに、「権力」とか「統治」とか「社会は混濁するもので、秩序が大事」と考える文明は、わりと最近のもので、人類史全体からみると、わりとレアなタイプなのかもしれないね。

こういうこと、子どもたちといっしょに考えていきたい。

6年生で、「縄文時代」を学習するときが、チャンスかも。

そもそもの、「社会」の起こりについて、学習するって、わくわくする。
それも、これまでの常識的なものではなく、「〇〇ちゅうことになっている」という教科書的な学習ではなく、NHKで最近、明らかになってきたこと、という最新の知見をもとに、学習を進めていきたい。


(↓ これはピラミッドの頂上ではありません。日本の山です。)
誰もいない尾根の道
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