困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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5年生は、「日本の農業」で、食料自給率を学ぶ。
もちろん、TPPが焦点になる。

下手をすると、TPPで食料自給率はうんと下がるかもしれない。
いろんな問題が叫ばれている。さて、どう考えるか。
うちのクラスでは、TPPの推進派と拒否派に分かれて討論させようとしたが、全員TPP反対で、討論にはならなかった。

なぜ、小学生は、TPPに反対するのか。


なぜかいうと・・・

別に、知的財産権がどう、とか、工業材料の輸出産業がどう、とか、グローバル化やアフラックと郵貯がどうこう、という話ではなく・・・・そんなことより、

もっと単純なことが理由でして・・・。

つまり、遠い国からわざわざ食料を運んでくるのは大変だろう、というのが、どの子にも共通する意見なんであります。

なんじゃその理由・・・・・・ガックリ。





わたしは、これはいかん、と思って、

「オレンジなんて、巨大な貨物船で一気に運んでくるから、みんなが想像するほど、それほど大変、というわけではない」

といって説得したが、無駄であった。
特許立国だとか、技術輸出立国だとか、原発輸出立国だとか、製造業側の立場の話も、きちんと子どもたちが調べ学習しているし、説明も盛り込んだのに、ダメ、である。

小麦とか重そうだし、たくさん運ぶのは大変だし、自分たちの食料は自分たちで作りたい。
・・・という気持ちがあるらしく・・・。

「機械や技術を輸出して金儲けし、食料は広大な土地でアメリカや中国など、他国の人につくってもらって買えばいい」という考えもあるのだヨ?

さんざん、↑そういう立場・側からの話もしたのに、なんとなく不満みたい。


いや、そんなむずかしい話ではなくて、単純・ふつうの感覚で、

「自分たちが食うもんだし、食べ物、自分たちでつくればいいじゃない?」

ということのようで・・・。

「とりたてがすぐ食えるし!」



単純ですねえ・・・。
担任としてはとても物足りない。
だれか一人くらい、TPPの推進派が出てこないかと期待していたんだが・・・。


小麦の多くが外国産の輸入だという資料を見せると、

「なんでもっと、日本でつくらないの?」

と聞く。

つまり、アメリカ等に頼ってばかりで、迷惑ばかりかけられない、というのである。
アメリカの人も、日本人の分も作らされて、いい迷惑なんじゃないの?

「いやいや、アメリカの人は、売れて儲かって嬉しいかもしれないし・・・」

ときちんと説明するのだが、子どもたちの素直な感想は、

「でも、いつもたくさんつくってもらってばかりだと、悪いし・・・」

「いやいや、アメリカの小麦は安いらしいから、日本の人も嬉しいんじゃない?」

と言うと、

「安いんなら、日本以外の国の人も、欲しいんじゃない?だったら日本だけが買うのも悪いし・・・」


日本は世界最大の食糧輸入国であり、2008年財務省貿易統計によると、食糧輸入額は約5兆6000億円で世界全体の10%を占めている、という説明が気に入らなかったのか・・・?





ま、

この感覚だと、TPPはあり得ませんね。

どうやら、子どもの感覚では、

「輸出や輸入には、できるだけ頼らない方がいいんじゃないか」

ということらしい。




これは、なぜでしょうか。

5年生の担任になって、新発見です。

3.11以後の、災害多い日本に生まれ育ったNEW世代なので、できるだけリスクを避けよう、というのが、この子たちの基本的な生きるスタンスになっているのかもしれませんね。
したがって、できるだけ、自分たちで何でも、出来ることはやっておこうヨ、ということになる。

「災害」が起きれば、輸入食料を食べたくても、運ばれない、食べられない、手に入らない、というの、
小学校5年生も、そのくらいは想像ができる、ということだ。

考えてみれば、この子たち、6、7歳のころに、東日本大震災ですからね。
入学して1年して、ようやく足し算引き算ができるようになった頃から、日本社会が大きくぶれて、急激な変化を始めたわけで。

そして、今回の「噴火」。
思い返せば、近年、日本各地に流れる異常気象のニュース。超巨大台風、竜巻・・・。
「異常」だったり、「史上初」だったり、というようなレベルの、「災害」じみた話ばかり、この子どもたちは、聞いて育ってきたわけだ。


したがって、ありとあらゆることについて、

「災害」

を視野に入れての、人生になっているのも、仕方のないことかもしれません。

この子たちが高校や大学を卒業するころには、新人類どころの話ではなく、おそらく、

「リスクマネージメント世代」


と呼ばれることになるだろうと思うね。

リスク、災害、という言葉に反応しやすい世代。


子どもたちの、こういった「災害を軸とした考え方の姿勢」は、これまでの世代にはなかった特徴的なものだと思う。
同時に、われわれは、そこに垣間見える、時代の流れ、時流、というものを、しっかりと、見極めていきたいものです。


写真に、月が写っていますが、わかりますか?

早朝の月
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