元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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最近、また「腹が立つ」ということについて考えるきっかけがあり、
「腹が立つ」、で思い出した事例。

わたしは当時、学級で、
「腹が立ったら、教えてね」
と話をしていたので、
日記に、こんなようなことを書いてきてくれた。

授業参観でお母さんが来てくれると言っていたけど、たぶん来なかったと思います。
授業中もずっと後ろをみて探したけど、一度もいなかったと思います。
お母さんは、
「ほかのお母さんたちが大勢いたから入れなくて、廊下から見てた」
と言ってたけど、廊下もちゃんと見たけど、いなかったと思います。
だから、きっと、弟の幼稚園の参観に行っただけだったと思います。
間に合うと言っていたけど、間に合わなかったんだと思います。
「嘘を言わないで、謝ったらいいのに」と言ったら、
だまって買い物に行ったから、わたしもだまって弟の分のお菓子も全部、
一人で食べちゃいました。(先生、ないしょです)
すごくはらがたったので、書きました。


腹が立った時の自分はダイレクトであり、素直な自分である。



Eテレの「ようこそ先輩!課外授業」で、モデルの冨永愛さんが出ていた。

番組内容は、「怒り」をテーマに冨永愛が多感な中学生に挑んだ、というもの。
中学生に向けて、冨永さん自身が子どもの頃からコンプレックスを抱き、怒り、悔しさ、を見つめて生きてきたことを語る。冨永さんにとって、怒りは自分を変える、バネになった。

番組の中で、怒りについて、
「怒る、ということは、贅沢なことなのでは」
と答えた男子がいた。

中学生で、そうしたことを考えることがすごい、と思ったが、はたして冨永さんはそれに答えて、

「でも自分の素直な気持ちだよ」と。

素直というのは、生きにくい。
怒りはムダ、と思いやすい。
だから、エネルギーを消費しないために、怒りを捨てる。
そうした気分を、中学生のその男の子は、言いたかったんだろうと思う。
「素直」は、わがまま、高望み、口先だけ、というイメージもあるんだろう。

『それを怒りにするだけ、損なことでは?』

中学生でも、そのくらいの考えに及ぶわけだ。


わたしは、中学生が、「怒り」を考えていこうとする姿勢に感心する。
人生の初期段階で、「怒り」は「ムダ」なのか、と考えていこうとしている。
冨永愛さんが、それを、引き出していく。
すごい人だなあと思う。

「怒っている」

それが素直なんだ、自分の実態なんだ、と

かけがえのない自分自身のこと、その自分自身の状態を大切に考えよう、と言ってくれる。


世の中から、「素直」が消えようとしている。
中学生ですら、「怒り」を消そう、ムダと考えて、賢く生きよう、となってしまう。
その場合の賢さは、自分の中の「素直」を消して生きる、という生き方であり、
世間に調子を合わせる、という生き方。


「素直」は、「怒り」から見つけやすい。


お母さんが嘘をついてる!と弾劾したいその子は、
お菓子を弟の分まですべて食べてもなお、
「日記」に怒りをぶちまけている。


怒りの感情をもってして、どうにもならないこの口惜しさを、
無念さ、報われなさ、切ない思いを、その「淋しみ」を、
お母さんにぶつけたけれど、

お母さんは、・・・買い物に出かけてしまった。

小川の近くに咲く花
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