困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

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ずっこけ3人組が活躍をする、ずっこけ昆虫クラブが、近くの山荘で合宿をいたしました。

お世話係りをしてくださるのは、市民の有志の方です。

子どもたちは、小学4年生から高校生まで。OBの大学生も来てました。


「歩きながら、理科の目、科学の目を育てよう!」

という趣旨ですね。


今の時代、自分の目で確かめたり、頭で考えたりする前に、
インスタントで送られてくるマスメディア情報だけで、

「わかった」


という気になってしまうことが多いので、そういう非科学的な、情報盲信体質とはオサラバしまして、子どものときから、科学的に、多角的に、発見的に、

「本当はどうか」

調べる体質(すぐには騙されないでいて、しばらくの間はいろいろ調べたり確かめたりしてみようという体質)を、子どもたちに育てたい、という趣旨であります。



(・・・一応、趣旨はそういうことになっているのですが、
まあ、裏の事情でいえば、単純に、みんな、それがオモチロイから、やっているのでありますが)



さて、保護者も含めて参加者全員が昆虫合宿のバスに乗りますと、市の職員の方がバスを運転しまして(一応、市の教育団体に登録されている)、一路、山荘へと向かいます。

すると、さっそく中学生と高校生が、後ろの座席の方で、なにやら楽しそうに始めました。

それは当然で、彼らは小学校の頃から、昆虫合宿に繰り返し参加しているセミプロたちです。
昆虫ファン、というだけで、もうすでに親友になってしまっている。
すでに、絶妙かつ、しっかりとした人間関係が、出来上がっております。

彼らがバスの中で最初に始めたのは、

「昆虫しりとり」

でした。

「科じゃなくて種で言えよ」(←この辺がすでにマニア)

「行くぞ。はい、天下のオオルリシジミからどうぞ!」

「ミ、ミヤマカラスアゲハ」

「ハね。ハグルマエダシャク」

「ク、ク、クジャクチョウ」

「なんだ、チョウが多いな」

「いっそのこと、チョウだけでいく?」

「無理やろ」

「つぎ、だれ?」

「あ、ごめん、水棲昆虫って、あり?」

「えーと、とりあえず、いけるところまでチョウかガで」

「よっしゃ」

「つぎ、Uくんの番だぞ」

「ウかー、なにがあるかな」

「う、う、う、ウー」

「ウマオイ」

「ウマオイってオイ!!できるだけチョウでいけよ」

「お、おれ、思いついちゃった~♪」

「う、う、う、ウー」

「ウンモンテントウは?」

「それ、テントウムシじゃんかよ。ねばれよ!できるだけチョウで!!」

「う、う、う、ウー・・・ないなあ」

「オレ、思いついたもーん♪」

「なに、教えて」

「ウラギンヒョウモン~♪」


「ンがついた!ハハハハ~(笑)」



こんな感じの、マニアックなしりとりで爆笑できる、昆虫クラブの少年たちとともに、バスは山道を行く。

長年、昆虫クラブで鍛え上げられた昆虫少年たちは、何をしていなくても、生きていく自信に満ち溢れている。

高校入学したての少年は、すでに子分ができた、とボヤいていた。

世話人のSさんが、ついこの間まで中学生だったFくんに、

「どう?高校入学して、忙しくなった?」だの、「友達できた?」だのと話しかけていると、

「友達作ろうと思ってないのに、ついてくるんですよ。何人か」

と言っていた。

すなわち、友達など作ろうとしていたわけでもないのに、彼の周りに、なんだか人が集まってくるのだそうだ。

休み時間になって、校庭や体育館の横の庭木や草原(くさはら)で、虫探しをしていると、


「みんな、行くところのない、ひまな連中ばかりなんですけどね。スポーツのできなさそうな、気の弱い連中が、ぼくんところに集まってきて、いろいろ聞いてくるんすよ」

「Fくんはどうしてんの」

「いや、別に質問くらいならいいか、と答えてるんだけど、イモムシとかみんな全然興味ないみたいだから、まったく知らないし。ぼくの行くところについてきちゃうから、なんだか変ですけどね。大勢引き連れて、歩き回ってるみたいになっちゃって」


・・・と、まあ、そういう人生を送っているFくん。
さっそく駐車場を降りると、蛇をさがし始めた。

「ヨーダがいないかな。ヨーダ、ヨーダ」

昆虫少年たちに、ヒマはないのだ。


地球に生きている限り、生き物はそこらにいる。
少し行くだけで、道端に目をやれば、何かしら、生き物が動いているものだ。

彼らは、なにか動くものや、ひっついているもの、飛んでいるもの、ぶら下がっているものを見つけて歩くだけで、十分にこの人生と、地球上に生を受けたことを喜べるのであろう。

ちなみに、ヨーダ、というのは、スターウォーズに出てくる、身長わずか66cmのジェダイ・マスターのことではない。幼蛇、つまりへびの赤ちゃんのことである。

一昨年、この駐車場で幼蛇を見つけ、それでほぼ半日遊べたことから、さっそくあの、オモチロイ幼蛇をみつけて遊ぼう、というわけであった。



昆虫少年たちは、宿舎に荷物を運び終わると、ものの3分ほどで、クスサンの幼虫を見つけ、初心者で緊張気味の、うちの息子に、くれました。

それも、優しいことに、

「大丈夫だよ。これは、毒はないよ」

と、きちんと教えてくれながら。

そして、自分で自分の腕に這わせながら、いかにも、

「イモムシとはこうやって遊ぶのだぜ」

と教えてくれるようにして、見せながら、渡してくれたのだ。
わたしはその行為に、感動をした。

これがその、クスサンの幼虫。

クスサンくれました。サンキュー!
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