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虫の会、というものがある、と聞いた。

大人と子どもがのんびりと、虫をつかまえに行くのだ。

それはいい、と出かけた。
春だし、近頃、運動不足でいけない、と思っていたのだ。

集まったのは、大人が十人ほど。
くっついてきた、それぞれの子どもが五人ほど。

世話人のおじさんが、眠たそうな、力の無い声で

「おはようございまぁス・・・」

というのに合わせ、全員で

「おはようございまぁス!!」

と復唱する。

おじさんは眠たそうだが、集まった虫マニアたちは、なんだかやる気、である。

朝いちばんだというのに、水筒を首からぶら下げて、早くも、グビグビと飲み干そうとしている小学生もいる。

首から双眼鏡を下げているおばちゃんは、まだ始まってもないのに、双眼鏡をのぞこうとしている。

そして、全員が全員、小型のデジカメの調子を、チェックしているのである。

ともかくも、全員、

余念がない。


小声で会話する声が聞こえてくるが、どれもとうてい、日常会話とも思われない。

「あすこは、まだ○○には早いね」

「いや、○○の幼虫は、シーズン的にはもうちょっと」

「葉っぱの陰にかくれているのがいるくらいで」

「去年は撮り損ねました」

「ウフフ」

「ククク」


こういう、不思議な会話がチョコチョコと聞こえては、その後、忍び笑いのような、小さな般若のような笑いが起きるのである。


わたしは、これは面白そうなことになってきたゾ、と思い、今日一日、できるだけ、みなさんの会話に加わろう、と決意したのである。


息子は、同学年の友達が一緒に来ていたので、昆虫の話よりも何よりも、その子となんだか追いかけっこばかりしていたので、まあ、いいや、と放っておくことにした。


さて、集合したのは市役所の横の、市民会館の駐車場であった。
そこから、全員、各自の車でもって、○○神社へ行くのである。

○○神社より先には、私有地および国有林が続いており、そこの林道を歩きながら、本日の

虫の会

が行われるのだ。


さて、林道につくと、ナップザックを軽く背負って、ゆるゆると歩き始める。

世話人のSさんが、

「さーって、じゃーあ、みなさーん、まいりましょー」

というように、ずいぶん間延びした言い方で、みなさんに声をかけると、

マニアたちの群団は、よっこらよっこら、と林道を進み始めた。



わたしは、還暦を過ぎたと思われる熟女の方が、モンベルのナップザックに、THE NORTH FACEの幅広帽子をかぶり、颯爽と歩き始めたのに驚愕した。

スカーフの黄緑がなんとも決まっていて、これだけ気合を入れていたら、どんな昆虫だって、彼女の言うことを聞きそうだ。

逆に、世話人のSさんは、なんだかこんな行事は毎日のことであるらしく、ごく普通のスニーカー、帽子もかぶらず、なんだかとりあえず家から出てきました、というような格好であった。


しかし、まあ、全体として、THE NORTH FACEとモンベルとpatagonia、およびHELLY HANSEN等に身を固めた、なんだか目的のしれない群団が、追いかけっこばかりしている小学生を引き連れて、歩き出したと思って下さい。


わたしは、カメラも双眼鏡も持ってこないことを、ちょっと後悔した。
手ぶらは、ちょっと身軽すぎるかな、と思ったのだ。
ところがこの群団の中に、他に2人ほど、そういう、なんでか知らんが来てしまった、というような人もいて、ちょっと安心した。

世話人のSさんは、私が初めてだということを知って、気さくに話しかけてくれ、これはなかなか面白かった。
この岡崎の山のことを、自然環境保全の観点から、いろいろと考えてきた人であることが、話を聞くことでよく感じられた。

Sさんは、岡崎の桜の木のことや、他の雑木林のこと、さらには松枯れ病の薬剤散布の話や、リゾート開発ブームのことなどを話してくれた。

すでにリゾートが失敗続きであることから、いわゆる公共土建業が負の遺産になっていくことは、このご時世になってみれば誰でも理解できることであるが、Sさんが昆虫を夢中になって追いかけていた二十年ほど前は、開発でお金が儲かる、という神話を信じたい地元の人たちが、それこそ血眼になって、開発を進めようと躍起になっていたそうだ。

ところが、市のアセスメント担当者たちにとっては、すでに「里山の原風景を保全」することが当然になっており、リゾート開発の話は「聞くだけ」であった由。

「まだバブルの余韻が残っている時代だったですからね。あの時代に、里山環境保全、というので、行政が動いたというのは、かなりすごいことだったのじゃ、ないでしょうかね」

そんな硬派な話をしながらも、歩くうちにいろいろと生き物は見つかる。

Sさんは、

「えーっと」


と間延びした声で、遠くを指さす。

すると、そこには、★△◇※(不明)蝶が飛んでいる。

十人のマニアたちは、コーフンして写真を撮りまくる。



またしばらく歩くと、今度はSさんが軽く、道端の葉に触れる。

「あ、★△◇※(不明)蝶の幼虫ですね」

一枚だけ残された葉の裏が丸まっていて、そこになにかの幼虫がひっそりと隠れて生きていた。

十人のマニアたちは、それまでの、のんべんだらりとした表情と歩調からガラリと打って変った態度で早足で集まり、またもやコーフンして、カメラを取りだす。


草地に出て、しばらく行くと、アマナが柔らかい葉を出していた。

アマナ



「そこら、アマナが出ていますから、踏まないように」

すると、マニアたちは全員固まって動かなくなり、そろり、そろりと足を下ろす場所を探して、おっかなびっくり歩き出す。


またしばらく行くと、サルのうんちが落ちていた。

「あ、それ、クサイです。ふまないよーに」

マニアたちはまたもや緊張して、顔を見合わせ、ピタリと歩みを止める。



コーフンと緊張が交互に訪れる、この行軍は、2時間ほどで終わった。

私にとっては、以前から見てみたかった、ビロウドツリアブが、アマナの周辺で吸蜜しながら忙しく飛んでいるのを見れたのが、収穫でありました。

息子はそのアブをみて、

「ねえ、からだがなんだかピノコみたい」

と言っていた。

ピノコというのは、手塚治虫のブラックジャックに出てくるピノコではなく、千と千尋の物語に出てくる、黄色いひよこのお化けのような神様(おおとりさま)のぬいぐるみのことで、彼が勝手に名づけたものだ。
そのぬいぐるみのお尻のあたりの様子と、ビロウドツリアブのふんわりとしたお尻のあたりの様子が、酷似していたので、そう思ったらしい。

「ピノコのアブ、けっこういたね」



というわけで、ビロウドツリアブ、という名称は無視され、ピノコノアブ、というように、勝手に名づけられてしまった虫。

ビロウドツリアブ


こちらが、ピノコ。

おおとりさま