困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

クラスの掲示物をたまたま見かけた他の先生に、親切でこう言ってもらった。

「もうすぐ保護者参観があるから、掲示なおした方がいいよね」

私のクラスの掲示物は、まがったりゆがんだり、きたない字でかきなぐったものもあり、たしかに乱雑に見えて、まじめな人がみるとたいへんな状態に見える。

子どもが自分で気の済むようにやっているからで、一見して意味のわからない絵や字もたくさんある。

今度行われる(はずの)絵本大会に向けて、予告編が飾ってある。
絵本に登場する自作のキャラクターが、ところせましと画用紙に描きこまれているので、くわしく見ても、見れば見るほど、わけのわからない絵に見える。子どもが何を考えているのかも、このクラスの住人でないかぎり、決して理解できない「画用紙」である。

こうしたものに加えて、子どもが休み時間に適当につくりあげたらしい折り紙の作品やら、「うまくかけた」アザラシのイラストとか、なんだかんだといろいろと張り付けてあるし、しばらく前から、何度もはがされたり貼りなおされたりした結果、画鋲の穴が巨大化してきている絵も無数にある。

これらを見ると、なんともひどい状態である。

いかにも、動物的というか、野生というか、統率のとれていない掲示板に見えるから、となりの先生は、親切にもそう心配してくださる。

先生という人種は、どうしてもタイプ別に分けると、

「保護者になんといわれるかわからないから、言われる前に、○○しておこう」

と考える人が多いから、まあ、もともとかなりきれいで整っている(と思われる)掲示板ですら、

整えるべき対象

になっているほどで・・・。


だから、無理もないわね・・・。



つまり、きれいな掲示板も、さらにきれいにされるべきなのだから!

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