困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)


私のかつての勤務校で、同僚の先生がまきこまれた事件では、こんなことが。

1)落書きをくりかえしたので叱った。(学年集会で叱った)
2)大勢の前で叱られたことに納得できなかった児童が親に言いつける。
3)親→学校へ電話。「うちの子が叱られた。納得できない!」
4)親→校長
  「うちの子は落書きなんてしていないのに、わざわざ学年全体の前でうちの子だけ叱られた!」
5)校長→担任
  「落書きは事実なのか?たとえそうであっても、個別指導でよかったのでは・・・」
6)担任→親
  「すみませんでした」
7)数日後
  同じ親→クラスの別の親に向かって言いつけ。
  「○○先生はいろんなことがまちがっている」
  「○○先生の宿題の出し方は、おかしい」等・・・。


職員室の座席が、目の前の先生でした。とっても若い方。わたしよりも・・・。
いろいろとよく話をしていました。

そのF先生、ふだんから保護者からの信頼は厚かった。
校長先生をはじめ、周囲の先生方からも、若いのによく働いてくれる、と好印象のナイスガイです。

しかし、ちょっとしたボタンのかけちがいから、特定の保護者となんだか不穏な関係に。あとから、宿題の出し方や学年通信の内容まで、いろいろと「おかしい!」と言われてしまうことになっていったようです。
当時、気の毒なほど、憔悴していましたね。やつれて、校長室から出てくる彼を何度も見ましたが・・・。


結局、落書きが事実であることを子どもが認めたことや、困っている担任の味方になってくれる周囲の児童やその親がいて、校長に話をしてくれたことから、事件は収束していくのですが・・・。

また、校長も気を取り直して、該当の親と直に再度、話をしてくれたり、他の親と連絡をとってくれたりしたので、なんとなく過ぎ去っていきました。


しかし、保護者との関係がうまくいかない、ということになると、本当に学校中がそれに振り回されていきます。とくに保護者に校長先生が振り回されていると・・・。いろいろ波及して・・・。
学校が疲れていく、ということを感じた時がありました。
学校の、先生たち全体が、です。
校長先生の表情が曇っていると、他の職員たちも、なんとはなしに、晴れて行かないものです。


「こんなことなら、落書き、写真を撮っておくべきだった。放課後に消しゴムやらスポンジやらで一生懸命にこすって消したのに・・・」

と若きホープ、F先生が嘆いておられましたな。
なによりも、事実の証拠があれば、校長先生も妙に気を使わずに済んだことでしょう。
わたしも当時は教師になり立ての頃。
目の前の席に座って、ため息をつくF先生を見ながら、

「おそがー」(三河弁?で、おそろしい、の意)

と、肝に銘じたことでありました。


校長先生は、やはり学校中でもいちばん明るく、笑顔でいてほしいです!


rakugaki

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