元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)


とにかく反社会的に見える、自閉症児の行動。
やっちゃいけない、と伝えているのに、次の日にはまた同じことを繰り返している。
たとえば、給食袋が廊下のフックにかけてある。
教室の前の廊下。
給食袋は、そのクラスの子どもたちのもちものだ。

これを、たまたま通りかかった自閉症(AS)の子が、汽笛のまねをしながら、のばしたうでのさきにすべてひっかけて歩きながら、すべて落としてしまう。
バタバタバタバタ!!!!連続した音とともに、フックにかかっていた白い袋はすべて落ちてしまう。

彼によると、白い袋があっちむいたりこっちむいたりして、雑然と並んでいるのは、いやなんだ、と・・・。(大人が意訳するとこういうことらしい)

でも、白い袋は、けっこうきれいにならんでいるのですよ。
見た目は、とてもきれいに、きちんとフックにどれもかかっていて、ひもの長さも同じようだし、みんなだいたい同じ高さにかかっていて、ちっとも雑然、というのでなく、むしろ整然としているのに・・・。

これはこっちの世界の見方でしかない。
ASの彼には、耐えがたい乱雑さであり、許せない。壁に穴でもあいていて、すきまなくぴったりと埋め込まれているようであれば納得するのかしら・・・。

で、こういう反社会的な行動をとってしまう彼に、
「やっちゃいけません」
は効果があるようで、ない。
短期的には、ある。
こわい顔をして叱られるといや、という感触はあるようだ。
でも、それはちっともわかっていない。
で、翌日も同じことをくりかえす。で、叱られる。

こういった非・社会的な行動を禁止したり制止したりして減らすことにエネルギーをかけるよりも、のぞましい社会生活スキルをふやし、相手とコミュニケーションをとりながら暮らす、行動することで、自己理解を高めていこう、というのが本筋だ。

さて、白衣の袋を落としてしまう子。

「本当はこんなこと、やりたいとは思っていないんでしょう」

といって、さっさと拾いはじめる先生がいて、だんだんとおさまったそうです。
廊下を歩きたくなった時、ちょっと我慢してみよう、と思ったら、髪の毛をさわる。
それを先生が見ていて、ニコニコしながらオッケーと言ってくれる。
思わずやってしまったときも、途中で思い出したら、髪の毛をさわる。
ふりかえると先生がいて、ニコニコしながらオッケーと言ってくれる。

で、

「悪いなー、ひろってあげようかなーって、本当は思っているよな」

と先生がいうと、なんとはなしに、先生と一緒にひろっている、のだそうです。




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