元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)


休みの日なので、なんだか頭の中がいつもとちがう。

急に、過去のことをふと思い出したりする。

なつかしくなって、これまでずっと棚の中にねむりつづけていた、秘蔵のDVD、「映画<小三冶>」を見た。

なんだか、胸に迫るものがあって、何度も繰り返し見た。

お客のために、ついがんばってしまう。

師匠は、そんなことを言っていた。

目の前に、客がいる。
プレイヤーとして、最高のモノを見せたい、と思う。

わかります。その気持ち・・・。




師匠と同じにしては気が咎めますが、教師も似たことを思います。
この授業を、最高のモノにしたい、と思ってやっています。



小三冶さんの、まくら。
まくらの最初は、独特の間からはじまる。
また、ぽつっ、ポツッ、と、身近な話を繰り出してくる。

こんなあたりは、授業の導入ととてもよく似ていると思う。

入船亭扇橋さんが、小三冶さんに噺のアドバイスをするシーンも印象に残った。

「鰍沢」がやりたい、という小三冶さんに、

「あれは、トントントン(扉をたたく音)、はーい、というだろ。あの「はーい」が低いんだよね。<はーい!>なぁーんて、高い声じゃぜんぜんだめだ。(少し下目線で、低く)「はーい」・・・こうでなけりゃ。あそこが肝だ」

と、すぐさま噺の一番大事な聞かせどころを教えていた。
あれは、頭の中に、そういったものがなければ、言えない。
鰍沢をとことんやりぬいた扇橋さんならではの、アドバイスだった。




このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット

トラックバック