国語算数理化社会・・・
どの教科も、そろそろ2学期の単元をおしまいにしなければならなくなってきた。
終わりから逆算して計算すると、

「おお、今週中にも、これとこれとをやって、このテストも終わっておかねば・・・」

ということが見えてくる。

なんとなく、職員室の空気もせっぱつまってきて、

「師走だねえ」

という感じがする。

本来の意味と、意味がちがうか・・・



今日も残業。
どうやって授業するか、どうやって低位の子に理解させるか、最後の最後まで知恵をしぼろうとする。

6時はほとんど全員。
7時に半分。
8時にのこり5人。
9時で教頭とわたしの二人のみ。

となりの学区、F小学校に比べればまだ早い方らしい。
F小の職員室は、帰宅時の通勤路、途中でみることができる。

今日もまだ、電気が煌々とついておりました。おそらくF小の先生は、深夜、0時近くに帰宅しているのでしょう。

以前勤務していたIT企業関連の研究所では、10時だとさすがに遅い気がしたが、9時はざらであったので、遅い分には慣れている。
しかし、結婚して子どもも二人でき、それも幼児だから帰って童話でも聞かせてやらねばならない。夕食もできたらいっしょに・・・、などと考えていたら、さすがに遅い帰宅ははばかられる。

サークルの先生に聞くと、

「残業すると罰金、というふうにするといいかもね」

とのこと。

実際に、どこかの企業では、残業を禁止したら業績がアップしたらしい。
まあこれも、残業禁止=業績アップ、という簡単な式にはあてはめないのがいい。
おそらく、オプションで本当にさまざまな要素があるのだろう。
シロウトには分からない、さまざまな要素がすべてつながって、結果として業績がアップしたのであろう。
残業禁止=業績アップ、という単純な式はわかりやすくて人の心をつかむけれど、そのままが正しい、というわけではない。

しかし、残業すればするほど⇒仕事ができる⇒効果がある
という図式がいつの間にやら脳裏にやきついてしまっている人が多い。
それが固定観念となってしまっていることに気付く。

残業禁止=業績アップ、という逆転の、あっと人の心をつかむような式によって、多くの人の固定観念があぶりだされてくる、という効果はある。
式はシンプルなほど、人の心を動揺させる。
(正しくはないにしても)
残業が、子どものためになっているか、それは問われなければならない。

2学期末。
このシーズンを、残業をできるだけしないで、効率よく、のりきっていきたい。

ノー残業デー、というの。
小学校でも校長会とかが取り組めばいいのに。