元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




合格を知らせると、

「受験勉強しなかったって?それでなんで合格できたの?」

と、反応がかえってくる。

それに、違和感があった。
どうして、違和感があったのかな、と考えてみている。


私は、受験勉強をしなかった。
今年は、社会人枠の試験を受けた。だから、むずかしい一般教養試験が免除された。
のこるは、専門科目(小学校全科)と、小論文、面接、の3つである。
この3つには、実は、受験勉強は要らないのでは・・・。

逆に、必要な勉強がある。
それは、教師としての力をつける、腕を上げる勉強だ。
それがなくては、受からない。

周囲のみんなに、こう言われた。

「あんた、夏休み中は研修ばっかで、寝る暇もないヨ、って言ってたのに、いつ受験勉強したの」

同じことばかり、何人もの人から言われた。

その都度、「受験勉強はしてないんですよ」とやんわり返していたが、
自分でも、なんで受験勉強していないのに受かったのだろう、と不思議に思えてきた。

そこでつらつらと考えるのに、


「受験に必要なのは、いわゆる受験勉強ではなく、本物の勉強だ」

という考えに至った。

考えてみると、専門科目(小学校全科)の問題には少々慣れやパターン記憶が必要に思うが、大事な小論文や面接には、受験テクのようなものがあまり無い。むしろ、実際の場面を想像しながらいくつも指示・発問・支援・声かけ、その他を考え出せる、「実際の力」が必要だ。

しばらく登校しぶりが続いた子にどう対応するか、という質問には、
「笑顔で明るく声をかけます」
だけでは不合格で、
「笑顔で明るく声をかけ、さりげなく服や、身体の様子、体調などを観察します」
が合格となる。

こういう回答が、受験テクなのか。
それが受験テクなのだ、といわれてしまえばそれまでだが、それは受験専用のテクニックではなく、実際に本物の力として通用するのだから、「受験テク」という言葉におしこめてしまえるものでもない。妥当な言葉とは思われない。
実際の力は、実際の力だ。通用する力なのだ。

繰り返すが、私は社会人枠で受験した。
だから、一般教養の試験は受けなかった。
だから、受験勉強をせずに済んだのだ。
あとは、いわゆる

「教師としての力をつける勉強」

をしていれば、合格する力がついたのである。
さまざまな本を読み、先輩に授業を見てもらい、先輩の授業を見聞きし、多くの原則を知り、セミナーにも通ったから、力がついたのだ。
こういうことをしなかったら、おそらく今回も採用試験には合格しなかったろう。
「社会人枠」に必要なのは、受験勉強ではなく、教師の腕を上げる修業、なのだろう。

採用試験に、受験勉強がかならずしも必要なわけではない。

「社会人枠」受験なら、いわゆる受験勉強は要らない!
本物の力を幾分かでも納得できる力として、自分自身に培っておくのだ。




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