元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




8年前、結婚して、教師になる決心をした。
○○県の教師になりたいと思った。
しかし、免許はないし、難易度の高い試験に合格できるとは到底、思われなかった。

先日、とうとう夢が実現するにいたった。
なんでだろう、とふりかえってみている。

困難な障害は、たくさんあった。
しかし、すべて、のりこえられた。
ふしぎなことに、「障害」を、「障害」と思わなかった。

運が良かった、と思うこともたくさんある。
小学校教員資格認定試験についても、知ることができたから、挑戦できた。
知らないままだったら、今頃、教師をやっていたかどうか、定かでない。

最初の難関は、「一ヶ月間の教育実習」であった。
勤務先の上司に、「君の代わりがいない。一カ月休むことはできない(休むなら辞めるしかない)」と言われた。
なんとかならないかと思って情報を集めていた矢先に、小学校教員資格認定試験を教えてもらったのだ。
これに合格するために、運よくいい本に出会うこともできた。
「国語教育指導用語辞典」である。

試験に合格し、免許状をいただいてからも、○○県の採用試験は難関に思えた。
一般教養の試験がかなり難しい。
赤ん坊が生まれ、教員として勤務を始めてからの受験勉強、どうしたらよいか分からなかった。

そこで、○○県とは別の、△△県を受験した。
△△県には、合格できた。一般教養の試験のレベルが、格段にちがった。基本的な問題を確実に解くことが必要な試験であった。これなら、基本がわかっていれば受かる。
○○県のように、大学入試レベルのひねった問題でないから、大丈夫だったのだ。

△△県で、丸3年間、学級担任として勤務した。
講師で2年。正規採用で1年。
さて、条件がそろった。
○○県の「社会人枠」で受験した。
一般教養は免除してもらえた。おかげで、合格できた。

8年間。あしかけ9年。
夢が実現できた。

この9年間で、自分は何を学んできたのだろう、とふりかえってみる。
一番は、「夢を実現するための方法」を学んだことだ。
教師になる夢、云々、というよりも、このことが一番の、「人生の宝」に思える。

コツは、すこぶるシンプルだ。
自分は、この夢を実現させることができる(それにふさわしい)、という信念を持つこと。
あるいは、できっこない、というまちがったセルフイメージを「持たない」ということである。

生まれつきなのか、両親によく育ててもらったからなのか、人生はうまくいくはず、という思い込みをもっている。

一番大きな原因は、20代の過ごし方、だろう。
20代に、とことん、考える機会があった。
それも、たくさんあった。
考えるのが仕事、という日常があった。
自分の視点を、常に高く高く、と意識せざるを得ない毎日を過ごしていた。

これが、「気がつくと夢を実現してしまう」自分を作り出してきたのだと思う。
夢と言ったって、見る人から見れば、ただの・・・という小さなものかもしれない。
しかし、9年前の自分から見たら、本当に夢だったのだ。○○県の正規採用教員になる、というのは・・・。
だから、こういう言い方を許してほしい。

私は、「気がつくと、夢を実現してしまっていた」のです。




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