元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




NHKの看板番組、プロフェッショナル仕事の流儀。
10月14日(火)の夜、放映された、
「笑いの奥に、人生がある~落語家・柳家小三治~」を見た。

以前、本BLOGでも取り上げた。
なんてったって、あの、小三治さんである。
期待していた。

キャスターの、住吉さん、という人の名前を、これで覚えることになった。
女性キャスター、あまり名前まで興味がなかったが、

残念で、残念で、くやしくて、くやしくて、

覚えてしまった。

住吉さんが、小三治師匠に向かって発した、あの言葉。

「おそばを食べるところ、あれを、演ってみていただけませんか」

小三治師匠の顔が、瞬間、曇った。

小三治「おれ、あれ、うまくねえんだよ」

茂木・住吉「いやいや、そんな・・・」

結局、師匠は演じて見せてくれるのだが、それは場の空気を察して、若い人に頼まれたからには、ということでやってみせてくれたのだろう。


この場面で、見ていた私の背筋も凍りかけた。
多くの小三治ファンが、同じことを思ったに違いない。
なんで、ここで、そばをすすらせるのか。
NHK、という放送で。プロフェッショナル、という番組で。
映像を極力、断り続けてきた、この師匠に向かって・・・。

住吉さんが、あまりにも無邪気に笑っている。
この無邪気さ、子どもっぽさ、あどけなさに、小三治師匠も、何も言えなかった。


そばをすする。
この芸は、小三治の師匠、人間国宝の小さん師匠が得意だ(ということになっている)。
それをやってみせろ、といわれて、ふつうは、小さん師の顔が思い浮かんで、遠慮するのが筋というもの。いつまでたっても、師匠は師匠。師の芸には及ばない。とてもわざわざ、お見せするものではない。得意がって、やってみせるものではない。
とくに、小さん師に、芸を全否定された、小三治師匠である。
小さん師に、特別な思いをもっている。

もちろん、噺をするのであれば、ちがう。噺の中で出てくる動作としては、やる。演じる。
だが、プロフェッショナルという番組で、いかにもそれが上手だから、やってみせろ、といわれてやるものではない。それではあまりにも、無粋である。師に対して、遠慮がないではないか。

住吉さん、どうか、あの言葉だけは、反省してください。
師匠は怒りませんでしたが、ふつう、落語家であれば、怒鳴り返しても、おかしくない出来事でしたよ。

同じようなことを、イラストレーター(似顔絵作家)の山藤章二さんが、エッセイに書いていた。
山藤さんが、漫画家の加藤 芳郎さんのパーティに参加したときのこと。
「まっぴら君」で活躍する加藤さんの、出版記念パーティ。
多方面で活躍する加藤さんのお祝いだから、いろんな知人が集まっていた。
みんなが粋なスピーチで会場をわかせ、楽しい集いであったが、ある時点で様相が一変する。

おそらく、マスコミからの依頼があったのだろう、と山藤さんは書いている。
「何か、漫画家の集まり、いかにもそういう具合の写真がほしかったのだ」

舞台にセットが作られ、まっぴらくん、と大きな文字が書かれた上に、何人かの漫画家が似顔絵を描き始めたのだ。
「ま」「っ」「ぴ」「ら」「く」「ん」の字の形に合わせて、即興で絵を加えて描く、よく漫画家がやる、あれ、である。

これをみて、山藤さんはほとほと、残念でならなかった、とある。
漫画家といえば、これか。

漫画界の巨匠、加藤芳郎さんである。
なにも、この加藤さんのパーティで、こんなことをしなくてもよいじゃないか。
もっと、粋なことをやれるのに。どうして。まったく、似合わない。
誰かが、「漫画家なんだから、これをすれば」と提案したのだとしたら、その安易さは罪である。
山藤さんは、後味の悪い思いがぬぐいされなかった、と書いている。
その後味の悪さは、おそらく、加藤さんに対しての、申し訳なさ、であろう。
「こんなことをさせてしまって、申し訳ありません」という、漫画家仲間の礼儀を欠いたことの、非礼をわびる思いなのだろう。

小さん師匠に対しての複雑な心境をもつ小三治師匠に、その師が得意としたものを、あえてやってみさせたNHK。小さん師匠が生きていらしたら、とても失礼で、そんなことはできません、となったであろう行為をさせた。

「おれ、へたなんだ」

と、遠慮勝ちに言っては見せたが、小三治さんはやってみせてくれた。
目の前のキャスターに、恥をかかすまい、とする心が働いたのだろう。

でも、本当は、遠慮したかったに違いない。
師匠に全否定されたからこそ、師匠を全肯定する。
それが、小三治流なのではないか。
いつも、小三治さんには、師匠への思いがあるのだ。


そばをすすれ。
それだけは、ご法度だったでしょう。
住吉美紀さんのせいではなく、番組スタッフの責任かもしれない。




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