困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者の自虐スナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




ここで思い出した。

「Aさせたいなら、Bと言え」
という本がある。

実は、小学生の時の恩師、岩下修先生が、書かれた。

保護者会で話題になったらしい。
当時、私の母親が、

「ちょっと、びっくりよ。先生が、本を出したんだって」

と言って、さっそく本屋で買ってきていた。


岩下先生の趣旨は、表現の微妙さ、メッセージを伝える上での技法、ということだったと思う。
子どもがAという現象を生み出す、その原因は、かならずB、という言い方にある、というような、限定した意味合いのものでは、まったくない。
多くの原因がある、それを構成する、多くのピースがある。
その中で、「指示の仕方」、「○○しなさい」という言い方に特化して、考察した、ということなのだ。Aさせたいなら、Bと言え。そして、しかるべき対応をできるかぎりせよ。



やせたいのなら、この薬を飲みなさい。
この薬を飲んだら、やせますよ。

という、短絡的な思考の意味合いとは、まったく異なる。
セリフをそのまま真似て、それでよし、というのではない。


当時、岩下先生はおそらく30代か。
愛知は、長野、千葉とならんで、管理教育の王国、と言われた。


おそらく、そんな情勢の中で、闘っておられたのだと思う。


体育館のステージの上で、灰色のジャージ姿で、ぴんと背筋をのばして、いい姿勢をなさっていたのを思い出す。
全校生徒が、岩下先生の立ち居振る舞いに、何らかの影響を受けていた。
体育館が、ぴりっと小気味のよい、緊張感に包まれる。

その後、音楽教育の会の歌。
チポリーノの冒険、森から森へ。
1年生から6年生まで、全身で熱狂して歌った。
地声、大声を、だんだんときれいで透き通る声にしていくのも、岩下先生の腕前だった。

ほめ上手だった。


最近、よく岩下先生を思い出す。

夏休みの前、岩下先生は、よく広島、の話をされた。
ヒロシマ。

ぴかどん。

教室で、絵本を、ずいぶんと繰り返して読み聞かせていただいた。
教師になって初めて、思い返すこともある。
先生の記憶は、貴重な、貴重な、自分自身の「財産」だ。




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