元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




論作文のコツ。

自分が、どのような学級経営をするのか。
どのように児童と接していくのか。
どのように学習指導を行うか。
また、生活面の指導をどうするのか。

こうした具体的なことを書かねばならない。


さらに、真髄をつくコツが、これ。

そうした、具体的な場面を書く前に、
序論のところで、自分がなぜ教師をめざすのか、簡単に、数行程度でふれるとよい。


さらに、
本当の、本当のコツが、ある。


その、なぜ教師をめざすのか、という理由のところに、

○わたしは周囲の人、あるいは教師に、あるいは校長に、認められ、応援されている

ということを、ニュアンスで入れてやる。


「・・・私は教育実習先でお世話になったA先生に、あなたなら一緒に学年を組みたい、と最高の励ましの言葉をいっていただいた。そして、A先生のように夢や希望を与えられる教師になりたいという一心でこれまで生きてきた。私は児童のよさを見つけられるように、以下のように学習指導を充実させる。・・・」

あるいは、

「・・・私は自分が小学生だった時、担任のA先生に、将来A先生のようになりたい、という夢を話したことがある。するとA先生は、あなたなら必ずなれる、大丈夫、と応援してくださった。「十年後、職員室で会いましょうね」という言葉にどれだけ励まされたことか。私はA先生のように、児童のよさを見つけられる教師になろうと思い、生きてきた。そのために、以下のように学習や生活の指導を充実させていく。・・・」


事実、こうしたことがなければ書けないが、思い出してみて欲しい。
もし、教師から応援していただいた言葉が思い当たらなければ、以前の職場の先輩や上司、あるいはボランティア先の方など、いわゆる一般的な社会で活躍する人にだって、応援していただいていることを書いたらよい。

人は、応援してもらっている人を、応援したくなるのだ。
応援が、応援を呼ぶ。
これは、人の、情である。

情に訴えかける、論作文を書こう。




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