教員採用試験の2次試験を受験したときのこと。
そういえば、と・・・ふと、思い出したことがあるので、
できるかぎり、記憶に忠実に記すことにした。

以下・・・



昨年の夏、いよいよ2次試験を受験した。
6年越しの大計画が、いよいよ大詰めというわけだ。
緊張して、この日を迎えた。

私鉄沿線の、駅の近くの中学校で試験が行われた。
性格検査、模擬授業、個人面接、と多岐にわたる試験で
一日がかりの大仕事となった。

さて、最初のYGIP性格検査が終わり、休憩時間になった。
模擬授業の準備をする人が多く、机の上に道具や
プリントを広げて、みんな忙しそうにしていた。
いやがおうにも、試験本番!といった雰囲気が、
この部屋をつつみこんでいく。

さて、どうやって気分を落ち着かせようか・・・。

小生も、幾分、緊張がたかまってきた。
なにしろ、1時間後には、この部屋の中の受験生のほとんどが、
合否を決してしまうのだ。
それほど、模擬授業の、「合否結果」にしめる割合は高い。
1年がかり、あるいはそれ以上の
期間をかけて、この場にのぞんできた、その最後の
大舞台が、いよいよ始まるのだ。

落語の練習のように、あるいは舞台の練習のように、
声をはりあげて、授業の始まりをシュミレーションする者、
思い切り笑顔をつくって、
「はい、はじめまーす」
と、あいさつの練習をする者。

みな、それぞれである。
泣いても、笑っても、勝負の刻(とき)が、やってきたのだ。


「あと、10分か・・・」

小生、トイレにでも行ってこよう、と席を立ち、
用をすませた後、鏡の前で手を洗っていた。

ふと横を見ると、つい今しがた、
トイレにかけこんできた男がいる。

ずいぶん勢い込んで、肩で息をしている。

緊張がピークに達しているせいか、
顔面がのりで固めたようにこわばっている。
若い、目のくっきり大きなイケメンくんだ。

青白いイケメンの男が、トイレの鏡の前で、
呼吸を落ち着かせている。どうしたんだろうか。
気分でも悪いのかしらん、と思った。

のどぼとけをひくひく動かしながら、
う、う、と、うわずった声まで聞こえてくる。

横でハンカチで手をふきながら、心配になって様子を伺うと、
そいつはなんと、スーツ上着のウチポケットから、
ビニール袋を取り出した。

なんなのだ?と不思議に思って、
ハンカチで手をふくのも忘れて見とれていた。

ははあ、彼は良家のご子息で、ご丁寧に、手を拭くハンカチを
ビニール袋に入れているのかな、と思った。
(今思えば、そんなことあるわけないか)



しかし、ちがった。

なんと、彼がビニール袋から、

ふるえる手つきで取り出したのは、

カラカラに乾いた、干したぶどうの房(ふさ)、だったのだ!

茶色に枯れた茎の先っちょに、黒い実が、
5粒、6粒とついているのが目に入った。

泣きそうなほどに見ひらかれた、その大きな目をびくびくさせながら、
蛇口からの水を手のひらですくい、ごごぉーっとひと口すすると、

彼は意を決したように、そのプルーン>?のようなものを
つまんだ・・・。



その後、惜しいかな、混みあってきたので、小生あわてて
トイレを出たのだが、

目をとじ、天井にむかって口をひらく彼の表情が、
満足げにいやされていったのかを、さいごまで見届けられず
とても残念だった。

模擬授業を目前にして、用意してきた伝家の宝刀。
ここ一番の、勝負の木の実を、彼は

「い、い、・・・今だ!!」
と呑もうとしたのであろう。
「今のまずして、いつのむのか!!」
と決心して、彼は
トイレに駆けてきたのであろう。

一世一代の大舞台で、彼が自らの未来を託した、
ひとつぶの、プルーン(?)!!

彼の、無事の合格を祈る。

「イケメンに幸、あれ」


ところで、あと、書道の半紙をもって、
目を閉じてなにやらぶつぶつと、つぶやいていた人もいたな。


紙の上をよく見ると、
筆ペンでなにやら呪文みたいなのが、書きつらねてあった。
大統領の宣誓みたいに、手をひろげて。
ありゃ、何教か。

ともあれ、人生をかけているから。
みんな。


世の中には、いろんな気の落ち着かせ方があるのだった。