元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




もう20年前になる。

池下のホールに、米朝師匠がやってきた。
当時高校生だった私が、小遣いをはたいて見に行くのに、決断の秒数はかからなかった。
気付いた時点ですぐにチケットを買ったが、やはり席は真ん中より後ろで、くやしい思いをした。

一番、米朝さんが、ノッテいた時代だと思う。
話にキレがあり、体力もあり、くすぐりにも冒険があった。

今でも目に焼きついているのは、平兵衛が死体をかついで踊るシーン。
死体をかついで懸命に手足を振る男の、汗だくの努力、必死さと、
かつがれた死体の、だらんとした手足が、対照的に表現されていた。

前後に横に、と勝っ手気ままにゆすぶられた、死体のかなしさ、おかしさ。
こわい話なのに、会場はどっと笑う。
すこぶる現代的な笑いだ。
スティーヴン・キングを連想させる。


この話を掘り起こした、米朝さんの努力や、意地、を感じた。
現代に通じる、今の笑いにも通じる世界が、「算段の平兵衛」にはある。


米朝さんの、脂の乗り切った時代、あの時代の高座を見ることが出来て、今、すごく感謝している。いいときに、見ていたな、と思う。
嫁に、米朝の話をすると、いつも
「いいなあ~」
と言う。

「いちばんいいときに、見ていたんでしょう」

高校生、という自分の年も、いちばんよかったし、米朝師匠はおそらく60代、還暦を越えたばかりのころだったろう。その、米朝師匠の年も、よかった。
双方にとって、よかったタイミングで、見ておいてよかった、と思えるものを、見ていた。
この幸運には、自分は一生、感謝しつづけるだろう。


今、そういうものがあるか、とふと思う。

教師の世界に入り、今、一番見ておいたらよいもの。

教師の世界にも、2007年問題はある。
これから5年くらい、退職される先輩方が、とてもたくさんいらっしゃる。
この先輩たちの授業を、みておかねばならない、と思う。
そして、表面だけでなく、発問や動作の、その奥に何があるか、どんな意図があるのか、を見えるようになって、みなくてはならない。
そこまで勉強し、学ぶ時間はないかもしれない。
だから、焦る。

焦りながらも、もしかしたら大事なことなんて見えていないかも、と思いながらも、目に焼き付けるために、隣の教室へ通わなくてはならない。




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