元エンジニア・新間先生の自問自答ブログ

転職を繰り返し、漂流する人生からつかんだ「天職」と「困らない」生き方。
高卒資格のまま愛知の小学校教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)




さて。
担任をもつ。
これが大変なことである。
責任がある。
最優先に、クラスの子どもたちのことがある。

採用試験のための準備と、明日の授業の準備と、常にその二つが目前にある。
もちろん、優先されるのは、明日の準備の方だ。

講師になったばかりのとき、職員室で隣の先生にこう言われた。

「まずは採用試験に受からなきゃ。今年の子たちにはかわいそうだけど、とにかく授業のことより、試験対策していきなさいね」

親切心で、こう声をかけてくださった。
はじめは、そう聞いて、
「あ、やっぱりそうだよなあ、自分にとっては、まずは試験対策だな」
と思った。
「この1年は、仕方がないよな」

しかし、そう甘くはないことがだんだんわかりだした。

毎日、毎日、目の前に展開されるのは、生きている子どもたちの生活である。
そして、なんとかしていかねばならないのは、子どもたちの学習の実態なのだ。

よし、勤務を終えて、
夕方から時間を作って、
教室で試験勉強するぞ、と誓ったはずだったが、
そんな勉強は一度もできなかった。

明日の授業をどう進めるか。どう発問するか。何を評価するのか。
1校時から、5校時まで、すべて「描き」がなければならない。「段取り」がなければならない。
授業案を、いくつも考える必要がある。
おまけに、
校務分掌もある。
職員作業もある。

その合間に、同じ学年の先生で打ち合わせをする。
プリントを作る、学年だよりをつくる、学級通信をつくる。
宿題をつくる、宿題をみる、マルをつける、保護者へ手紙を書く、校内研究の資料を読む・・・。




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