困らない叱らない。新間草海(あらまそうかい)の教室日記

漂流する人生からつかんだ「困らない」生き方とは。
転職を繰り返し、高卒資格のまま小学校の教員になった筆者のスナイパー的学校日記。
『叱らない で、子どもに伝え、通じ合う、子育て』を標榜し、一人の人間として「素(す)」にもどり、素でいられる大人たちと共に、ありのままでいられる子どもたちを育てたいと願っています。
生活の中の、ほんのちょっとした入り口を見つけだし、そして、そこから、決して見失うことのない、本当に願っている社会をつくりだそう、とするものです。
新間草海(あらまそうかい)

2013年09月

おそらく、 「ぼくはダメな子、できない子!悪い子!!」 という言葉が子どもから出てきたら、お母さん、どう反応するだろうか。 子どもは、その ママの反応 を、凝視、している。 この凝視の目は、真剣そのもの、だ。 自分の、期待どおりの反応なのか、どうなのか。 …
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なにをしていても、 「先生、見ててよ」 と言う。 それが、ただのつま先立ちだったり、ノートになにかを書くところだったり、友達とぐるぐる手を引っ張り合って回転することだったり、いろいろ。 その、一部始終を、 「見ててね」 という。 見ていて、なにか、コメン …
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口ごたえのない教室、というのでいけば、そんなのは世の中にたくさんある。 ただ、なぜ、そのような状態になっているのか、違いがあるだけで。 強圧的で、教師の機嫌が憲法のようになっている教室では、当然、口ごたえは起きない。 ヒトラーの前では、だれも口ごたえをしな …
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それまでは拒否をして、体育館にさえ行こうとしなかったTくん。 連れて行こうとすれば、大声で抵抗して、走り回っていたTくん。 体育座りをして、校長講話を聴けるようになった、のは、 Tくんが、大人の願いを聞き入れた、ということだろう。 今度は、逆に、大人が、Tくん …
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学校では、これが大事、とされている。 「みんなと一緒にやれるようになる」 そのために、ルールもあるし、躾も行われる。 やんちゃくんや、おてんばさん、あるいは発達障害の子、はたまた、心寂しい子どもなど、みんな、 「みんなといっしょにやれる」 ことが第一目標 …
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以前から、この「感じ」は、こたえられんなあ、と思うことがある。 それは、1年生が、「意気揚々と」、手伝ってくれる時の、あの感じだ。 顔が、光り輝いている。 そして、目が、楽しくて仕方がない目になっている。 用事が終わりそうになる、その前に、すぐに、 「先 …
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フランスの美術館には、子どもが毎日のように通ってくる。 日本で言うと、地域に根差した、図書館のように。 美術館なんて、辛気臭い、わけがわからない、静かにしていなきゃならない、というので、子どもからは敬遠される場所だと思う。 しかし、さすがはフランス、そこは …
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ピッツバーグ大学教育・心理学部のMing-Te Wang准教授は「怒鳴っても、子どもの問題行動を減らしたり直したりはできない」と指摘し、「逆に悪化させる」と述べた。 ここまでハッキリ書いてくれると、すっきりするね。 怒鳴るって、大人が 「寂しがってる、恐れている、 …
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巷で驚くような言説を聞くことがあるが、たとえば、こんなの・・・。 「まったく、日本人の気概もどうかなってる。 尖閣諸島が取られそうなのに、平和ボケしている! もっと日本人は魂を震わせて怒る必要がある! 負けん気がないのは、教育が悪いせいだ。 人間は、負けず嫌 …
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私の勤務校では、運動会が春に行われたので、もう終わってしまった。 秋になって、今度は、息子の通う小学校の 「秋の大運動会」 がある。 息子の学級の先生は、熱血の男性教師。 学級運営もすばらしく、保護者からの信頼も厚い。 「ぜったい、つなひき、勝つ!!」 …
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廊下を走らない、ということになっている。 そもそもは走るのが大好きで、走るスイッチがデフォルトでONになっているとしか思えない子どもですが、学校ではそのスイッチを、がんばってOFFにしておかなければならない。 それは、学校という装置がそういうふうに設定し …
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