2018年08月16日19:00
昔から神社が好きです。
木立ちを抜けて、朝陽のさす中を歩いて、お参りしました。
なんだか落ち着くのが良いし、静かなのもいい。
日本人に生まれてよかった、と思う瞬間ですネ。

わたしが日本が偉大だな、と思う一つの理由は、縄文時代です。

縄文時代には、100人ほどの単位の村が数多くあったと言われています。また、他のコミュニティとの間に、ほぼ殺し合いや大きな闘いはなかったとみられています。
自然が豊かで、争う必要もなかったのでしょうか。食生活の豊かさは、最新の研究によれば、かなりのもの。アサリ、ハマグリ、クリ、ドングリ、シイなど、おいしそうな素材ばかり見つかっています。栗を使ったクッキーなど、工夫を凝らして仲間みんなで楽しんでいた様子まで見えてきます。

縄文時代、身近にある食べ物は季節毎にバラエティーに富んでおり、縄文人はそれらをうまく組み合わせて食べていました。イノシシを飼養した跡も見つかっています。何らかの事情である食べ物が手に入らなくなっても、代わりになる食べ物はいくらでもあり、縄文人は飢えとは無縁の生活をしていたのです。飢饉が発生するようになったのは、主食を米という一つの作物にしぼりこみ、貯蓄を始めた弥生時代以降です。

縄文時代に、なぜ争いがなかったのか、未だ定説が無く、分かりません。
弥生時代になると、骨に矢じりのささった人骨が見つかります。甕棺(かめかん)の中の人間の骨は、闘いの悲劇を語っています。稲作になり、貯蔵すると同時に、不安感が社会全体を覆うようになった、と想像されているのです。

貯蓄をしない時代は⇒貯蓄がないにも関わらず不安が無く⇒殺しあいもない。

考えてみると、このことは実に不思議です。
さかさま、じゃないでしょうかネ・・・?
ふつうは、こう考えて当然でしょう。

貯蓄をしたおかげで⇒安心感が出て⇒そのため不安がなくなり⇒殺し合いもなくなる。

とね。

ところが、貯蓄をせっせと頑張る弥生時代になって、急激に殺し合いが増える。これは、弥生時代になにか、別の要因がたくさん生まれたのではないかと考えるべきでしょうか。弥生時代にはまだてつかずの大地や自然がたくさんあったにも関わらず、貯蓄と不安がダーッと人々の心を占めたのです。まるで、それまでの平和な縄文時代とは人(ひと)が変わったかのように・・・。
なぜ、貯蓄をすると不安が生まれるのか
史実からすると、縄文時代は、不安もヘイトもなかったのです。

では、いつ「不安」は生まれたのか?
「不安」は、いつ、日本に上陸したのでしょう?
弥生時代、米と一緒に、「貯蓄」という概念と一緒に、遠くから運ばれてきたのでしょうか。


・・・


わたしは朝早くの、誰もこない拝殿の真ん前で、そこだけ照らされている広場の土の上に腰を下ろして、しばらくそんなことを考えていたようです。

「アイタタ」
わたしは腰をあげて、立ち上がりました。
そして、神さまのおわしますところの本殿へ向かって、敬虔な祈りを捧げました。

「人々の心に神様が生まれる前の縄文時代、三内丸山遺跡の頃の日本には、『不安』はなかったのでしょうか。どんな社会が広がり、どんなふうに人間のくらしが営まれていたのでしょう」

じっと考えを進めます。わたしの想像の中で、スサノオノミコトや天照大神が動き回りはじめます。

しばらく考えて、神様が返事をしてくれますね。(わたしの頭の中で)

「不安がなければ、相当数、多くの物や概念、考え、心理状態をふくめて、無くなるものが多いだろうね。うちらも含めて・・・ガハハ(笑)」


不安が無くなれば、同時に消えてなくなるもののことを、「縄文脳内テーゼ」と呼んだらどうでしょう。

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arigato3939
2018年08月11日14:07
やった!クーラーの設置だ!

わが地元、岡崎市の教育委員会は、英断を下した。

それが、クーラーの設置である。

「岡崎市教育委員会は31日、市内の小中学校67校のすべての普通教室にエアコンを設置すると発表した。2020年6月までに工事を完了させる。新たにエアコンを設置するのは、すでに設置済みのプレハブ校舎にある5教室と特別支援10教室を除く小学校47校、中学校20校の計1194教室。」


夏休みを延長する案が、文科省から出ていたけど、どうなるのかナ・・・。



参考まで。

公立学校施設の空調(冷房)設備設置状況調査の結果について(H29.6.9)

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/06/__icsFiles/afieldfile/2017/06/09/1386475_01.pdf


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arigato3939
2018年08月09日18:23
フィッシュオン 岡崎、という施設をご存知でしょうか。

わが地元、岡崎市には「フィッシュオン!」という言葉があるのです。

魚に、ねらいをつけて、オン!

という意味か・・・と。

それが、フィッシュオン!

・・・



この夏は異常に暑いらしく、戸外で遊ぶにはちょっと勇気が要る。

そこで、屋内施設のあそべる施設が大人気だ。

なかでもすばらしいのが、このフィッシュオン。



大池、金魚池のチケットにはエサ、竿、タオルが含まれている。

だから、おでかけは、手ぶらでOKだ。

また、餌も、生餌ではないから、ゴカイや虫を針につけるのが苦手な人でもだいじょうぶ。

おすすめは、チョウザメだ。

みんなでサメに、フィッシュオン!

・・・



サメだけではない。

鯉も、おります。

めずらしい鯉もいるし、小さなものから、大きなものまで、たくさんの鯉がいる。

そう。あなたと鯉との、新しい出会いがある。



新しい鯉の予感がする!

・・・



わが故郷、わが地元、

わたしの勤務校がある岡崎市内

の、名物プレイパーク。

それが、『フィッシュオン、岡崎』だ。

地元っ子として、たいへんに自慢できる場所である。

ぜひ、今すぐ、日本全国から、遊びに来ていただきたい!



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arigato3939
2018年08月07日18:23
もう、30年以上前の話。

高校生の時でしたか。
ぼうっとテレビを見ていたら、こういうシーンが放映された。

100年の樹齢の木がチェーンで釣られて、製材所の中で切られることになった。

大きな丸鋸の刃が、大木を切っていく。

途中までくると、それまで素直に切られていた木が、まるで悲鳴をあげるかのようにのけぞり、斬られるのを拒否するように、身をよじらせて、斬られまい、とする。
チェーンで釣られた大木が、きしんだ音をたてて、揺れる。

あまりにも急激に暴れるので、危なくてなかなか作業が続けられない。

作業する人たちが、再度慎重に、刃を当て、角度を決めて、切り進もうとする。

が、しかし、ある個所にくると、急激に堅くなり、刃の音まで変わり、

がくん!

と大木がよじれて、切ることができなくなる。

製材所の人たちは、みんな、首をかしげる。

大木は、ある個所でかならず、丸鋸の刃を、拒絶するのだ。



わたしはこのシーンを、そのときも印象深く見たが、あとで何度も思い返しました。
ときおり、ふと、頭をよぎるような気がして、あれはなんだったのだろう、と思い返すのですね。
1年に1度は思い返して生きてきたから、ぜんぜん、そのときの印象が薄まることがない。
濃い記憶のまま、その記憶や印象を、今まで、ずーっと大切に守ってきてしまいました。



この映像には、つづきがありまして・・・

あとで見てみると、その場所は、枝が2つ同時に出て、しかしそのままでは伸びられず、お互いを避けるようにしてぐるりと半周して出てきたような場所でした。枝は、出てきたものの、スッとは伸びられなかったわけです。どちらの枝も、そのまま自分が素直に伸びていくためには、適した環境ではなかった。どちらの枝にも、目の上のたん瘤がいて、相手をよけねば自分が生きられなかったのです。いわば「木の苦しんだ場所」だったのでした。

このようにして、複雑に入り組んでしまった場所。
素直に成長することが許されなかった場所。
それゆえ、どうしても<堅さ>が残ってしまった。

その<堅さ>は、木として成長をやめた後、加工場で切られることになったときも、もう一度、そこに刃を当てられると、痛みを生ずることになった。

人も同じですね。

なにかに悩んだり、傷をうけてきた場所は、もう、当初のように素直に他を受け入れられないのです。かつて苦しんできた場所、痛みを受けてきた場所は、もう一度さわられると、どうしてもまた、痛みをぶりかえすものなのでしょう。

この痛みは、無視はできない。
現実に、感じないフリ、をして済ますことは、とうてい出来ない。

だから、堅さで身を護っていても、丸鋸がある点まで進んでくると、まるで悲鳴をあげるようにして、木全体がよじれたのです。

もうすでに、木全体が太ってしまっているから、入り組んだその禍根も、枝の複雑な成長のあとも、もう外からは見えないのですよ。外から見たら、まったくきれいな材木の一部なのです。だから、製材所のひとたちも、首をかしげたのですね。

外から見ただけでは、中身まで、分からなかったのです。
だから、難所をのりこえ、切ってしまってから、それがはじめてわかった。
「ここに、こんなに複雑な、成長の跡がある。だから刃を嫌って、暴れたんでしょう」
製材所の人が、言ってました。



8月6日。ヒロシマ原爆投下。
9日。ナガサキ原爆投下。
15日。敗戦。

これは、時代もそうでしょうナ。
われわれ国民には、傷ついた時代、記憶がある。
これを、消そうとしたり、見ないようにし、まるで無かったことにしたりはできない。
美化したり化粧したりしたら、難所は乗り越えられない。なぜ木が暴れるのか、理解できないし、じょうずに加工することもできないでしょう。


時代の痛み、民族の痛みは、消すことはできない。

もし、われわれが未来に進むことのできる道があるとしたら、

時代の痛みに、無理やりに刃を当てることでもなく、そこだけを削除したらよい、というものでもなく、そうとしか生きられなかった木の姿を想像しながら、その時代や人間を深く理解する、ということに尽きるのでしょう。

昭和の軍隊が、いかに人間性を無視したか。なぜ、無視できたか。
なぜ、同じ人間に、「命令」と『服従』が生まれたのか

私の祖父は、岐阜の大隊に所属した、ガダルカナルの生き残りですからなあ。
「全員、みんな、ふつうの顔をして発狂していた」

高校生の頃に聞いた、祖父の、重い言葉です。

玉砕

arigato3939
2018年08月04日19:30
江戸時代の川柳、とくに『誹風柳多留』の世界に惹かれる。

なかでも衝撃を受けたのが、題にあげたこの作品、
『かみなりをまねて腹掛やっとさせ』
だ。

この一句を最初に見たとき、目の前に映像がありありと浮かび、またその映像が途切れることなく展開していったのを感じて、思わずのけぞるほどだった。

「江戸時代って、叱らないで、子育てしてる!」

テレビのドラマや映画よりも、その短いシーンから連想される世界が「濃い」ものだったから、これはおそらく2時間の映画を10秒で感じ取るくらいの「エキス」の世界なんだろう、と自分で納得をした。

障子の陰に隠れて、「ゴロゴロ!!」とかみなりを真似るのは、おそらく父親であろう、と思われる。
そして、わが子のそばにいて、
「ほらほら、かみなりが鳴ったよ。おへそがとられてしまうから、腹掛けをしましょう」
と言い聞かせて、すかさずおなかに洗い立ての綿の腹掛けをかぶせにいった母。
さきほどまでは威勢よく、いやいや、をしていたのに、ふと、かみなりの音に不安を覚え、しぶしぶ腹掛けを許容する幼い子ども。

おそらく季節は夏だろう。
夕刻、もしかすると、にわか雨でもくるのだろうか。
母親が、腹掛けを着せたくなる時間。表を通る人の声も、少し急いて、足音もまばらになってくる。

母親はわが子に腹掛けをさせると、今度は急いで竃(かまど)を見に行くのだ。
父親は内職を続けるのか、子どもをおぶってあやしているだろうか。

この光景が、一瞬にして、この十七の文字の後に、あざやかに浮かんでくる。
江戸時代の子育ては、おそらく、強圧的、押しつけ的なものではなかったのだろう。


人間とは、何だろうか。
生産性があるとか無いとか、機械じゃないんだから、と思うネ。

かみなりをまねる父親の、心の根にあるもの、母親とのスマートな連係。
見事ではないだろうか。
そしてまた、やっとさせ、の「やっと」にこめられた、愛情深さ。

こういう世界を、授業で子どもたちと味わいたいと思う。
(教科書に、「誹風柳多留」は載っていないけどネ)

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arigato3939
2018年08月02日17:45
わたしは、人の帰属に関心が薄く、ひょんなところで同僚に会っても、

「〇〇小学校の〇〇先生」

というふうに思い出すことができない。

「あ、知ってる先生だ・・・。あれ?どこで会った人だっけ?」

となることが多くて恥ずかしい。

帰属による「つながり意識」よりも、「一宿一飯の義理」の方がしっくりくる。



地元・岡崎市内のスーパーで、ほんのちょっとカートを動かして道を譲ってくれた、見知らぬ人のほうに、妙な親近感を覚えたり、なつかしさのような親愛の情をおぼえて、話しかけたくなったりする。
そういうことの方が、どこそこのだれだれ、という帰属よりも、人間と人間のつながり、という点で、リアルに感じる性格なのでしょう。




夏休みでぼけたのでしょうか。

スーパーで、どこかでみたような子どもがいて、わたしを指さして

「あ!先生だ!」

と言われると、ドキッとして隠れたくなる。

わたしが、相手の名前を忘れているからであります。

今年、担任している子はまだ大丈夫だが、昨年、一昨年となると、すぐには名前が出てこないことが、たまーに、ある。

かつて、同じ教室で毎日のように顔をつきあわせて、共に過ごしていた子どもの方よりも、目の前の見知らぬおっさんの方に、ちょっとカートを動かしてくれた、ささいな心遣いを感じて、親身に感じるのは、いったいどういうわけだろう。

夏休みのスーパーは、不思議な空間です。

相手が私に感じているであろう距離感と、まったく異なる距離感を私は感じているのです。
向こうは、かつての帰属意識を元に、わたしとの距離を測ってきます。
ところが、わたしはその「かつての帰属」は、あまりリアルではないのです。

見知らぬおっさんにも、そしてかつて教え子だった、幾人かの子に対しても。


きっと、前世は、渡世人か、「流れの職人」だったのでしょう。

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arigato3939
2018年07月30日18:16
道徳の時間に、

「正義ってなんだ?」

と、しっかり考えるようになる。

桃太郎の側から見るだけではない、鬼の立場も事情も見てやろう、というのが道徳であり、決して一方的な価値観だけで決めつけてみて相手を断罪しようとしないのが道徳です。

桃太郎の側から見ると、おそろしい形相でわけの分からない言葉をしゃべり、山から下りて来て畑の野菜を勝手に食う者が鬼に見えたようで、その鬼を殺すのが、いかにも正義に聞こえるが、

鬼からすると、故郷の戦火から逃れるために海を渡り、別の地方に来て、追っ手を怖れて山へこもっていただけかもしれない。

道徳をやっていくと、子どもたちに「複眼思考」や、「俯瞰思考」が身につく。

物事を、ただ単純なイメージで片づけるのではない思考が身についていく。

悪い奴をやっつければ、残りの清い者だけが残り、その後に、かならず平和が訪れるはずだ、というのが桃太郎サイドの見方。

しかし、その思考法では、悪い奴というのは、あとからあとから、湧いてくるのでありますネ。

「悪い奴を排除すれば、清い者だけが残るはず」

という論理で、行動した後、おそらくその余韻が残っているわずかな間だけ、安心できる心理・思考法なのでしょう。

半年もすれば、

「またどこかに悪い奴がいるかもしれない」

と疑心暗鬼になり、

「悪い奴はどこだ」

となり、

「悪い奴を削除しないと不安」

になり、

「悪い奴がどこかに隠れているかもしれない」

と怯えて暮らすようになり、

「あいつは悪い奴だ!」

という合図を待つようになる。



ところが、道徳をやっていくことで、不安が解消されるのですな。

鬼を理解する、鬼の立場に身を置く、ということを学ぶ。

学んだ者だけが、「鬼と和解できる道筋」を探すようになり、思わぬ副産物を得る。

それは、「鬼を排除しない、という思考の方が、安心感が大きい」という気付き、でありましょう。

そうなると、今まで、血眼になって鬼を探し、惨殺すべき!と叫んでいた自分を、客観視できるのです。

つまり、道徳が学校に根付くようになると、鬼は消えていくのです。

鬼は姿を変えていないのに、周囲が、鬼を理解するため、ツノや牙をみても、「怖い」と思わなくても済むようになるであります。

したがって、道徳が増えると、悪い子=「鬼」が減っていくことになるのでしょう。

〇〇が怖い!
〇〇は恐ろしい!
〇〇をやっつけろ!

やがて、ヘイトスピーチは、学校教育の道徳によって、減っていく道理になるのでしょうか?

つまり、ヘイトの心理を徹底的に洗って、その「偏り」を自覚するところまで、しっかりと学習する、ということでしょう。








arigato3939
2018年07月27日17:34
通知表で、道徳を評価する、というので、現場が混乱している、というのが世間の見方らしい。
新聞や、ネットのニュースでも

「通知表!道徳を初の評価!現場は混乱!」

という記事をどっかで見た。

ところが、現場はまったく混乱してないですぜ。
だって、数値化はしない、という指示ですもの。

「〇〇は△△だろうか、という問いを、クラスのみんなで話し合いました。よく考えて意見を出していた。どちらの立場にも身をおいて、真剣に考え、意見を変えることも躊躇せず、正しさを決めつけないで、答えを固定しないで考えようとしていた」

よく考えられたこと、正解がないと思われる問いに、より人間らしく、より科学的に向き合おうとしていたこと。

そこを

「一生懸命に考えたね!」

ということだから、まったく難しいことではない。

なぜ、マスコミが「学校現場はいつも混乱している」というイメージを、世間に売り込んでいきたいのか、その背景やねらいがさっぱり、分からない。

学校で「どの子の意見も真剣に聞いて、自分でももう一度問い直し、なにが正しいとも決めつけないで、あくまでもどこまでも自由に考え続ける」という態度を身につける。そういう素養を身につけた国民に育っていく。

10年もすると、国会が変わるよ。
・・・有権者が育つから。

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arigato3939
2018年07月25日17:09
カジノでは、負けるとお金を支払うことになる。
「カジノは儲かる」という点だけを強調して覚える子がいるからだ。
まずは、そのことを学校で教えるべきだ。

つぎに、カジノでよく起きる、客の心理について学ぶべきだろう。
たとえば、投下したコストを回収したくなる「サンクコスト効果」という心理現象がある。
コスト、と認識した額だけは、「回収しなければ」と思う。

本当は、負けはじめた瞬間に「ここでやめよう」と判断するのが一番損が少なく済む。
あるいは、最初から、今日は〇〇円負けたらやめる、と理性的に判断してから賭けることがよいだろう。
しかし、そのどちらも、強い意志が必要だ。
人間は意志が弱くなる瞬間があり、脳も、ふだんはとても正しい判断をしているはずの人が、ぼけたり、勘違いしたり、間違えたり、うっかりしたり、注意不足になったりすることがある。
そのため、上記の

「サンクコスト効果」

に、自分が陥っていることに気付かない。
そのリスクを、あらかじめ日本国民には教育として教えていくべきだ。
それが、射幸心教育、である。

カジノの店内には、おそらくアコムなどの金融窓口が置かれ、借金に借金を重ねる人が出てくるだろう。
「もう一度、賭けたら当たるかもしれない」
こう考えて、つい借金を重ねる人の気持ちも分からなくもない。
自分の金なのか、他人の金なのか、区別・境がわからなくなり、どんどん摩(す)る、感覚が麻痺して自分の置かれている状況が客観視できなくなるようになる人が出るかもしれない。


カジノは本来、海外からやってくる観光客からの利益を集める装置として、国が設置するもの。
だとすれば、日本の国民がその罠(わな)にはまり、生活を破綻させたり、人生を狂わせたりするのは、日本国としても、政府与党としても、望んではいないはずであり、文科省もそれに対応するべきだろう。つまりは、ただしい「射幸心教育」を我が国の国民には施すべきである。

英語外国語教育が軌道に乗り、つぎはプログラミング教育が軌道に乗る。

そのつぎにくるのは、カジノ業界で働く人材を育て、さらにはカジノで人生を棒に振らないようにするための教育だ。中毒や依存癖、耽溺する精神状況、〇〇アディクションという自分にはコントロールできなくなる強迫症状からわが身を護るための、「射幸心・心理教育」を軌道に乗せるべきだろう。

gyanburu

arigato3939
2018年07月23日18:46
今の勤務校は、PTAがつくった学校だそうだ。
なによりも、学校を立ち上げる際には、村人がこぞってPTAの集会に集まり、どんな学校にするのか、1年生の教室をどこに配置するか、池をつくるかどうか、木は何を植えるか、芝生にするか、掃除のときのバケツの水を捨てる場所まで、あれやこれやと喧々諤々、だったらしい。

こんな愛情が込められているのだもの、いい学校になるに決まっている。

低学年は、広い教室が良いだろう、というので、国で決められた基準よりも大幅に、広い。
それも、1クラスごとに独立していて、静かな環境を整えてあげようとする当時の親の心遣いに満ちている。
小さくても採光のための空間があけてあり、ろうかも教室も、明るくて風通しが良い。

おまけに低学年棟は、当時の食堂にいちばん近い。
1年生が一番先に、食堂にきて、ゆっくりゆっくり食事ができるように、という設計だったしい。
(当時は、全校児童が食堂に集まって、一斉に食べた)

当時の記録を読んでいると、涙が出てくるほど、人間の愛に満ちている。

幼い村の子どもたちを、いかに大事にしていたか。
子どもの笑顔がみたくて、みたくて、そのために大人たちが大騒ぎしながら、学校の設計に取り組んだ。

学校建設のために私有地をゆずった地主さんは、その条件として、学校の周りには大きな建物が立たないように、村にきっちりと働きかけたそうだ。

ところが、最近、同じ県内に新しくできた学校の先生と話す機会がありまして。

県の教育センターで、教員の研修を受ける際にいっしょになり、世間話をしていると・・・

「新しいのはいいのですが、コスト重視でネ。見た目はいいけど、教育には向きません」

その先生の学校は、昨年できたばかり。
東京の建築デザイナーが、鳴り物入りで現れて設計したらしい。
外側からみた、体育館の見た目が奇抜で、カッコイイ。
ところが、木を植えない、草を生やさない、鉄骨むき出しの階段、風通しの悪い校舎・・・

「校庭と低学年教室との距離が、いちばん離れているんです」
「子どもを知らない大人が設計したとしか」

なによりも、PTAが一切、設計に関わることができなかったとか。
たしかに予算、建築計画、地元の土木業者との関係など、政治がらみの事情はあったろう。
あれやこれや、突貫工事であっという間にできた校舎を、だれも愛せないとしたら。

なんのため、なんのため。
目的からどうしても、ずれるのが、人間の思考の癖らしいネ。
期限内におさめることが、なによりも優先されると、ひずみが出るよね。

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arigato3939